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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 山火事 自然の甘えぬ生き方学べ  
コラム名: 透明な歳月の光 120  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/07/30  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  東京で暮らしている者にとっては、山火事はめったに見られないものである。
 20数年前にタイで取材している時に、あちこちで野焼きの火を見た。昔は耕作の一つの方法として理にかなう部分もあったのだろうが、空気の汚染にもなるし、やってはいけないものだ、という常識が一般化した。
 中央アフリカの国々では、別の目的のために住民が森に火を放つ。兎(うさぎ)くらいはある、鼠(ねずみ)のような動物を追い出して捕らえて食べたり売ったりするためである。私は不勉強で、これが正式には何という動物なのか、まだ調べたことがないのだが、なかなかおいしいのだという。車で道を走っていると、眼の悪い私は道端で兎を売っているのだと瞬間的に思う。次に兎にしてはおかしい、あれは鼠だ、というふうに感じるのである。そして鼠を追い出すために、森に火をつけるとは何事だ、ときめつけたくなる。
 森が火で燃えるのは悪いことである。インドネシアやマレーシアの一部で山火事が発生すると、その煙はシンガポールの空気汚染にもつながる。呼吸器の弱い人は逃げ出したくなるほどのものらしい。しかし今度初めてゆっくりとオーストラリアの西海岸と中央部を旅してみて、植物は人間のように一途(いちず)でもなければ、甘えてもいないことを教わった。
 山火事は心ない喫煙者のタバコのポイ捨てによっても起こるが、自然発火によっても起こることが多い。気温が42度を超えると、油成分の多いユーカリなどは、自然に発火の原因となる。
 オーストラリア政府は、意図的に荒野を焼いている。一つには燃えるもののない部分を作って、本ものの山火事の時、エミュやカンガルーなどの動物が逃げ込める場所を作ることでもあるが、燃えることによって固い外の殻が破れ、そこで初めて種が発芽する植物の生育を促すためでもある。ただし野焼きも大変で、有名なエヤーズ・ロックのあるウルル・カタジュタ国立公園などでは、20年かけて全面積を焼き終わる。伊勢神宮のご遷宮を思わせるテンポである。
 しだれ松と言いたいような姿の「砂漠の樫(デザート・オーク)」と呼ばれる木は、雨が降らないと成長を自ら止めている、という。だからほんとうに小さな庭ぼうきくらいのものでも、推定樹齢は5、60年、ちょっとした高さになっているのは、5、600年かかっているのもざらにあるらしい。
 もちろん人間と木を比べることはできないが、水がないと成長を止める、などという発想は人間にない。自然は苛酷(かこく)さを視野に入れて生息している。人間が自らの生理と感傷で自然を甘やかすことなく、人間自身は自然の生き方から少し学んで自分を鍛える面をふやしてもいいだろう。
 



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