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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: アフリカの貧困と惨劇  
コラム名: 透明な歳月の光 115  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/06/25  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  【世界に知らしめたい現実】

 私が働いている財団では、毎年、世界の極貧地帯に行ってその実態を知るための旅を企画しているが、或る年、中央アフリカにある国で、いくつかの村を訪ねた。

 小さな小屋の土間には、ついこの間まで砕石工として働いていたという若い父が、エイズの末期で寝ていた。日本ならクラッシング・プラントと呼ばれる砕石工場が、24時間石を電気で砕き続け、大きさも自動的に選り分ける。そんな重労働を、ボロを張った日除けの下で人間が1日100円以下の低賃金で、手でやっていたのだ。

 その村の保健所では、エイズの試験室というのは、ただの空間だった。医師が来たときだけ、ここに机を置く、と書いた紙が地面の上に置いてある。村の家々は、水道も電気もない。屋根は草や椰子の葉で葺いてある。それを見た同行の霞が関の若手官僚が、自分は日本で、アフリカ民芸のテーブルクロスなどにこうした小屋が描いてあると、すべて観光用の風景だと思っていた。現実に人たちはこういう小屋に住んでいるんですね、と率直な感想を洩らしたのである。

 今私は新聞に、アフリカの小国で起きた部族虐殺の話を書いているが、あれは曽野さんの創作ですか、あんなひどい話が実際にあるのですか、という読者からの電話があったという。

 1990年代には、事件の真相はなかなかわからなかった。第一、コフィ・アナン自身が、当時の国連に届けられた事件の余兆を、握りつぶしていたのである。

 フツ族とツチ族の対立という形で大きくなった事件は、多数派のフツが少数派のツチを、山刀で切り殺し、釘を植えた棍棒(こんぼう)で撲殺し、手榴(しゅりゅう)弾を投げ込み、灯油を流し込んで火をつけて焼き殺し、略奪し、レイプし、というあらゆる残忍さで進んだ。今ではその実態調査も進み、ほとんどの事件の詳細も証言で読めるようになった。

 アフリカで現地の人たちの住む小屋を実際に見れば、そこで初めて貧困の程度もわかる。今でも頭骸骨が転がったままの虐殺現場に立てば、それが10年前に起きたことだと認識できる。しかし日本人は、他の外国には観光旅行に行くが、こういう現実には全く触れる機会がない。

 行かないのか、行けないのか、理由は一つある。こうした国は今でも治安がいいとは言えないし、マラリアなどの風土病もあるから、自己責任は取らないという人たちに入ってもらうと困るのである。

 私の小説では、個々の惨劇の背景と結果は、文学として創ってあるが、事件そのものは全く現実の資料通りである。こんな悲惨が現実にあちこちで続いている土地を理解してもらうことは、小説家の手に余るほどのむずかしさなのである。
 



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