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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 国民年金の基本精神  
コラム名: 透明な歳月の光 108  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/05/07  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  【不幸な他者担う覚悟も必要】

 「団子三兄弟」に続いて「国民年金保険料不払い兄弟」は何人になるのか、私はよく知らないけれど、国会というところは威勢のいい人がいるところで、自分はちゃんと払っているかどうかも確かめずに相手を攻撃したり、「払う払わないは個人のプライバシー」と答えて、実は払っていなかった人がいた、などというのはあまりにも子供じみた糊塗の仕方で、こんな単純な思考で政治ができるものなのだ、と改めて感心した。

 私はテレビを見ていなかったのだが、私に似て性格のねじ曲がった息子は「政治家にも普通の人がいてよかった」と言う。誰のことかと思ったら石原慎太郎さんのことで、恐らく政治家と見ればバカの一つ覚えのように「国民年金は払ってますか」と聞く昨今の無能な新聞記者に、「知らねえよ。今、女房が調べているよ」と言い、「いつまでにわかりますか?」と更にきかれると「女房にきいてくれよ」と答えたと言う。もちろんこれは息子が私に伝えた伝聞証拠だから、言葉遣いのニュアンスはかなり違っていると思うが、ほんとうにこの問題は誰にとってもそんなものだろう、と思う。

 私は自分が年金を貰える年になった時、お金は大好きだから是非欲しかったのだが、多分私は保険料を払っていなかっただろうと思って、半ば諦めていた。なぜならもう数十年も、私は国民年金を払っているとかいないとかいう会話をしたり、証拠の書類を見たりしたことがなかったのである。私はとにかくお金の話をするのが嫌いだった。金銭で得になるように本気で考えると、必ず作品は悪くなると信じていたからである。

 ところが驚いたことに私の秘書は保険料を何十年もきちんと納め続けていてくれたので、私は毎月6万円近くもらえることがわかった。これで飢え死にしない、と私は一安心だった。

 今度の事件で一番よくわかったのは、代議士の秘書という人種は、悪いことは人一倍するけれど、年金を払うというような地道な事務は少しも誠実にやらない不実な人種だということである。代議士先生方が自分で払い込みの手続きをする暇などないのは当然だから、今度のことばかりは、よくおっしゃるように「秘書が悪い」のである。先生方はせめて私の家の歴代秘書並みの、誠実で優秀な人物を雇うようにするべきだ。

 しかしそれで済まない部分もある。国民年金の思想は、自分の老後の生活の確保と共に、健康などの幸運を手にした人が、不運な他者をいささか担う覚悟をすることが含まれている。日本の教師たちの多くが、自分が損になることは一切しないことが人権だと教えていた。損になることをも、他者のためにできる人になれ、と教える教育がなければ、年金問題の基本精神は定まらないだろう。
 



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