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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 敗者に名誉を?アメリカは戦勝国としてのマナーを理解していない  
コラム名: どうする!?イラク復興 占領国になった日本のメッセージ  
出版物名: VOICE  
出版社名: PHP研究所  
発行日: 2004/03  
※この記事は、著者とPHP研究所の許諾を得て転載したものです。
PHP研究所に無断で複製、翻案、送信、頒布するなどPHP研究所の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ アラブ人を辱めたアメリカ ≫

曽野
 昨年の12月にサダム・フセインが拘束されたのち、アメリカはフセインの映像を公開しましたね。医師がサダムの口を開けさせて、頬の内側をライトで照らして調べていた。おそらく歯の治療跡で本人かどうかをいちおう判断したのだと、私は思ったんです。DNA鑑定はすぐに結果が出ませんからね。あの映像をアラブ人の目に触れさせたのは、いかにもまずいやり方でした。『産経新聞』(12月19日付)のコラムにも書きましたが、アラブ人にとってあの行為は歯を見て値段を決めるラクダ売買を想像させるような気がするんです。品定めをされるサダムの姿を見たアラブ人は、あたかも自分たちに無礼と無慈悲が向けられたと感じたことでしよう。

 アラブには、戦いに関して「ノービクター、ノーヴァンクイッシュド」という鉄則があります。これは「勝者もなく敗者もなく」ということで、そういう状態で戦いを収めなければならないという意味です。勝敗をうやむやにして相手のプライドを傷つけず、戦後の和解を楽にしようと考えるのが、彼らなりの知恵です。


日下 公人(東京財団会長)
 野蛮な戦争にもエチケットやマナーが必要であるという考えは、ヨーロッパや日本が長い年月の果てに、ようやく気づいたものです。戦争にも「文明化」あるいは「ルール化」が必要だという思想が、30年戦争後のウェストファリア条約や、ハーグ陸戦条約(1907年)となって表れたのですが、これを第2次世界大戦中、ことごとく破壊したのがアメリカです。

 アメリカは戦争において、「完全勝利」といった言葉を使いたがります。しかし、イギリスのチャーチル元首相は、完全勝利をめざすと「戦争がタタール人の昔に戻る」とルーズベルトに反対し、押し切られています。日本人の多くはそれを感じているし、フランス人、そしてアラブ人も同じです。何千年もの戦いの歴史があって、勝ったり負けたりを繰り返すうちに、完全な勝利などはないことが分かった。「これだから建国わずか200年の国は子どもっぽくて困る」と誰しも思うのですが、アメリカ人はそれに気づいていない。


曽野
 以前、アラブ人を雇っている人の苦労話を聞いたことがあるのですが、アラブ人ほど、人前で叱ってはいけない人々はいないんですってね。何か注意するときは、絶対にその人1人だけがいるところでしなければならない。この原則を押さえておかないと、その人は以後、まったくいうことを聞かなくなるそうです。日本人なんて叱られてもあっけらかんとした人が多いですが、彼らはある意味で誇り高く、かつ内面の跳ね返りがきわめて強い人々です。


日下
 そこでアラブの人たちは「アメリカには寛容の精神がない」とか「アラブとはまるで別の原理で動いている」と感じる。アメリカには共存共栄の心が通じないと知って、その絶望が一部の人間をテロに走らせていることに、アメリカはそろそろ気づくべきでしょう。



≪ サマーワに必要なのは「お金持ちの旦那」 ≫

曽野
 彼らの感情の源にあるのは何かというと、結局、「貧しさ」なんです。1月3日に、サマーワで職を求めるデモがありました。表向きは「アラーの神さえいれば満たされる」といっていても、人間はそれほど単純なものではありません。彼らも自分たちが貧しいことはよく知っています。自衛隊が復興支援のためにサマーワに行けば、間違いなく現地の人たちの職を奪うことになるでしょうね。彼らにとっては大勢の自衛隊員が来て復興作業を行なうよりも、ごく少数の自衛隊に、たくさんのお金をもってきてもらうほうがありがたい。端的にいえば、彼らが望んでいるのは「お金持ちの旦那」です。「水道を引きましょう。発電所もつくりましょう。道を直しましょう」といってお金を出してくれる人がいれば十分であって、雇用はあくまで現地で雇うべきなのです。

 それから、私が隊長なら現地に入るにあたって、真っ先にサマーワを支配している部族長のところで仁義を切ります。「私は何とかの生まれで」とやって「お宅の村にある宿営地に入らせていただきます」という、あのやり方ですね。

日下
 大賛成です。現実的には雇用が大事で、交流には礼儀が大切ですね。日本にも結界という考えがありました。


曽野
 そうです。そして、必ず贈り物をもっていく。馬とか、最新設備のついた四駆などです。


日下
 族長がみなに自慢できるようなものですね(笑)。


曽野
 何でしたら、日本財団でお出ししてもいいくらい(笑)。そうして筋を通したのちに、「サマーワで怪しい者を見かけたら教えてほしい」と頼むのです。われわれから見たら、テロリストも現地のサマーワの人も同じ顔に見えるでしょう。部族外の不審な輩を見かけたら通報してもらい、その人にはお礼に100ドル紙幣を破り、小さいほうを渡す(笑)。それで情報が本当だったら、残りも渡すのです。いわば「割り符」ですね。


日下
 たしか、ロシアにそんな小説がありましたね。


曽野
 ネタ元をおっしゃられては形無しだわ(笑)。


日下
 いや、感心しますね。曽野さんがお書きになるものや発言は、いつもたいへん現実的です。普通の人は、もう少し美しそうなことをいうのですが、曽野さんはあくまで現実に即したアイディアをおっしゃるところが素晴らしい。


曽野
 私は物の見方が無思想ですから、現実的に考えるしかないんです(笑)

 ただ実際に、アメリカ式の強引な統治がアラブ世界で続くとどうなるかと考えると、結局、両方が疲れてくると思う。テロリストの側も疲れるし、アメリカも消耗する。体力、金力がなくなるというのも、消耗の1つです。すると案外、「疲労」というのが解決策になるかもしれない。ちょうど自衛隊が活動しようとするころには、敵も味方も疲れてしまい、何もせずに終わってしまうかも(笑)。


日下
 ますます現実的ですね。ベトナム戦争がそうでした。日本でも賃上げ交渉で労働組合と会社側がぶつかったときなどは、真夜中になるとお互いに疲れ果てて妥結した(笑)。


曽野
 なにしろ、両軍とも自分たちが正義だと思っていますから。



≪ 「お茶は一緒に、テントは離して」 ≫

日下
 占領後のバグダッドで、イギリス人の兵士が2人殺されるという事件がありました。このニュースを聞いてみなが最初に思ったのは、「イギリスはアメリカの仲間だと思われている」ということでした。「では、同じ同盟国の日本はどうなるか」と考えるのですが、これは、国単位でしか物を考えない発想です。

 じつはイギリス兵が殺された原因は、イスラム教の家のなかに犬を連れ込んだことでした。イスラム教の聖典であるコーランでは「犬は不浄の動物である」どされる。イギリス兵はフセインを匿っていないかどうかを調べようと、犬に各部屋を嗅ぎ回らせて、女性の部屋にまで入った。そこで家長は「こいつを殺さないと、自分の面目が潰れる」と思って殺したそうです。こうした文化や宗教に対する用心は、いまのアメリカ人と日本人にはありません。「アラブで気をつけるべきこと」を30ほど書き出すと、女性の部屋に入ってはいけない、相手の奥さんを褒めすぎてはいけない、等々です。


曽野
 相手の持ち物を褒めてもいけないんですよね。「お宅の箪笥はきれいですね」とか。


日下
 そうです。自衛隊の人は、「これは参考になる」と喜んでメモしていました。ところが、同じ内容の話をアメリカ人相手の会議でしても、相手にされない。理由を聞くと、「アメリカは世界中に出兵しているから、文化の違いで兵が殺されるのは珍しくない」というのです。兵の死傷よりもっと大事なことがあるから出兵しているのではないか、といわれました。

曽野
 ただ、今回のイラク派遣で自衛隊の何千人という若者が「アラブとは何か」を知ることになる。迂遠な言い方ですが、これは日本にとってすごいことです。アラブというのは、食慣習1つとっても徹底して不思議な世界です。日本人が豚骨ラーメンをどうしても食べたかったら、せめて、袋は鶏の絵を描いたものに変えるべきでしょう(笑)。またラマダン(断食月)が来れば、日の出から日の入りまでは断食するわけですから、働かなくなります。このとき、日本人はどうするか。彼らの前で水をがぶ飲みしたりせず、トイレのなかで飲むなど、ずるをするにしても、見えないようにする。それが彼らへのいたわりというものです。


日下
 それは「郷に入っては郷に従え」ということですね。相手の顔を立てることを、日本人である曽野さんはまず考える。ところが、アメリカ人はそれをつゆほども思わないのです。


曽野
 もっとも、「郷に従う」のも相手次第ですね。今回自衛隊は、絶対に自らの習慣を変えそうにない人々と接するわけです。女性だって、旦那さんのいうことを聞いて変わる奥さんと、そうでない奥さんがいるでしょう。ごうつくばりのカミさんに「おしとやかに」といったところで、聞くはずがありませんもの(笑)。


日下
 それを無理やり変えさせようとするのが、アメリカの掲げるグローバリズムですが、むしろ必要なのは、グローバリズム対ローカリズムではなく「2つのローカリズム」があるという発想です。お互いに別の土地の田舎者であることが分かれば、なるべく深入りせず、距離を置いてつきあうようになる。


曽野
 アラブの格言には「お茶は一緒に、テントは離して」というのがあります。たしかにアメリカは正しい。しかし、アラブもまた正しいのです。相対する立場の2者がともに正しいことがありうるということを、われわれは知らなければなりません。私の『アラブの格言』(新潮新書)という本で、「一夜の無政府主義より数百年にわたる圧政の方がましだ」という彼らの強烈な言葉が出てきます。


日下
 圧政も、数百年続けば感じなくなるわけです(笑)。


曽野
 そしてもしその圧政がいやなら、自らの部族内でそれを解決しなければならない。外から来た者が関わったら、必ず大変なことになるんです。アメリカは圧政より民主主義がいいと決めていますが、彼らにとって民主主義とは無秩序のことです。

 何よりも誤解されているのは、イラクには国民という意識はなく、部族の概念が優先するということです。さらにアラブ社会では「従兄弟」というものが分かっていないと、生きていけない。何をするにもまず兄弟、それから従兄弟との繋がりでするのです。サダム政権の主立った人物は、ほとんどがサダムの従兄弟か又従兄弟、もしくは異母兄弟か親戚でした。誰であろうと、信じてはならない、自らの血と同宗教しか信じないというのが、アラブの人々なのです。



≪ 本当はどっちなんだ ≫

曽野
 ところでイラクヘの自衛隊派遣というのは、やはり何百人、何千人という規模が要るのでしょうか。もし本当にイラク復興が目的なら、専門的な見識をもった方が何人か行って、あとは現地の人を雇えばいいと思うのです。それでサマワに特需景気が来れば、自衛隊の安全にもつながる。


日下
 カンボジア派遣のときもそうでしたが、日本人には、自分で働くのが尊いという思い込みがあります。自分の働く姿を見せれば、みなが感動してくれると思っている(笑)。


曽野
 昔、タイの工事現場に行ったことがありますが、そこで大工さんが職人技を見せても、現地の人は誰も感動しない。「あいつがやってくれるから、俺たちは働かなくてすむ」と考えるのです。

 日本では、率先して危険なところに赴く人がいい人というイメージですね。でも日本以外の土地では、靴をピカピカに磨いてオフィスから出てこない人が偉いと思われるんです。だから自分で何でもしたがるのが問題で、私は以前に「日本は傭兵を雇うのがいい」と書いたことがあります。復興支援なら土木技術のある外国人を探して、日本人は現場の監督だけすればいい。そのほうが自衛隊を出すよりずっと安く済むし、効果も上がります。

日下
 日本は、人を使う知恵を勉強に行くと思えばいいですね。


曽野
 純粋に復興が目的なら、そうすればいいんです。でも、それよりも頭数を揃えて、アメリカに褒めてもらいたいんでしょうね。「本当はどっちなんだ」なんです。両方の要素を満たすことはできませんから。


日下
 アメリカのために派遣するのであれば、小泉首相は「イラク復興のため」などといってはいけません。逆にイラクのために行くなら、曽野さんのようにアラブのことを勉強する必要がある。

 アメリカは今後のシナリオとして、今年6月に暫定政権をつくり、フセインを裁いたところで自治権を移管していくつもりらしい。日本と同じような安保条約を結び、米軍が駐留しようというわけですが、そうした話を聞くと、「なんと粗末な考えの人たちだ」と思いますね。日本の占領が成功したのは天皇制を残したからであって、それはあくまで間接統治でした。アメリカの直接統治でイラクがうまくいくはずがない、とあるアメリカ人にいったら、「間接統治と直接統治はどう違うのか」という質問が返ってきました(笑)。私は「だからアメリカは『君臨すれども統治せず』のイギリスに馬鹿にされるのだ」といいました。曽野さんがおっしゃったのは、お金と雇用を与える間接統治がいちばんだということで、直接統治で行くなら、タタール的皆殺しがいちばん簡単だ、になる。


曽野
 仮に暫定政権にカリスマ的人物が現れたとしても、必ず他部族の人間が邪魔するでしょう。隙あらば他部族の足を引っ張るというのが、彼らの生きる道です。


日下
 そういう混沌とした世界ではときどき、「来たりて我を治めよ」という現象が起こります。それにうまく乗るのがイギリスでした。アメリカは、イラク統治がうまくいけば、次にサウジアラビアの石油を分捕り、その次はスエズ運河を手に入れたいと思っています。石油とスエズ運河を押さえれば、ドルの価値はぐんと上がり、ユーロに勝てるというわけです。そうすれば銀行や証券会社から政治献金が入る。


曽野
 深遠な計画というわけですね(笑)。



≪ 自衛隊に死者が出るたび1000万円引き揚げよ ≫

曽野
 しかしアラブの人と接するということが、いかに大変なことか。私たちは「外国人とは別の言語を喋る人」という認識がありますが、アラブの人は「外国人もアラブ語を喋るものだ」とごく当然に考えるのです。


日下
 曽野さんの日本財団が偉いのは、ペルーやミャンマーで小学校をつくっていますね。中東でも、小学校をつくっていただきたい。


曽野
 ぜひそうしたいですね。イスラエルに小学校をつくりたいとは思っていますが、条件を出したんです。パレスチナ人とユダヤ人が一緒に学ぶ小学校なら、建設費と運営費を出します、と。それには、1学年が100人程度の小さい学校でなければならない。イスラム教とユダヤ教とキリスト教の先生もいて、それぞれの宗教教育も行なう。そうした条件が可能ならお金を出します、といいました。


日下
 100年かけて和平を育てるのですね。


曽野
 イラクの問題にしても、自衛隊が行ってサマーワの人たちに雇用を与えれば、収入を得るために自衛隊を守ろうという気持ちも生まれてきます。そうすれば結局、全サマーワが日本のスパイになってくれます。スパイをしてもらう見返りに、雇用を与える。アラブは何をしてもらうにしても、見返りが必要ですからね。「愛しているよ」というときも、お金や物を示さなければいけない。口だけでは駄目なんです。


日下
 何もいわずにプレゼントしたら、どうなりますか。


曽野
 「馬鹿がくれた」としか思わないかも(笑)。


日下
 日本の援助がまさにそうですね。


曽野
 援助を出すのなら、総額は何億、手付け金はいくら出すとあらかじめ定めて、自衛隊員に死者が出たときは、契約違反として1人あたり1000万円ずつ減らす約束をすればいいんです。


日下
 すごいね、曽野さんの発想はアラブ人に近づいている(笑)。


曽野
 機密費などは、そうした用途にこそ使えばいいんです。それから四駆ぐらい、気前よく差し上げたほうがよい。とにかく重要なのはお金や物で、「働くことで現地に感動を与える」などという幻想は無意味です。


日下
 日本人も少し俗人を理解しなさい、と(笑)。

曽野
 ええ。それにしても、自衛隊がイラクに行って苦労することは多いでしょうね。とくに砂嵐は大変でしょう。砂嵐は来る2時間前から電子機器に影響が出ます。向こうがかすかにコーヒー色に見える程度で、まだ大丈夫と思っていると、ワープロのキーが1つ動かなくなる。コンタクトレンズなんて、とてもはめていられない。自動車でも、日本製の車はラフロードに耐えられません。もちろん自衛隊の装備となると、民間のものとは全然違うのでしょうけれど。


日下
 本来そんな厄介なところへ、日本人が足を踏み入れてはならなかったのです。古い話になりますが、私は大平(正芳)さんが首相のとき、「日本はいまのうちに『わが国は中東の問題にはいっさい関知しない。日本は貧乏だから、中東まで面倒を見切れません』といっておくべきです」とアドバイスしたことがありました。


曽野
 その意見、大賛成ですね。アフリカや中東の政策は英米仏やスペイン、ポルトガルあたりがおやりになって、さらに東欧にもう少し力が出てきたら、お隣のよしみでボスポラス海峡から東のほうを見てもらう。これは当然の話だと思いますよ。


日下
 ところが外務省の反対にあって、実現しませんでした。あのとき「アジアについてはきちんと面倒を見ますが、インド洋から以西、中東のいざこざには関わりません」と大平首相が宣言していれば、いまの日本の苦労はなかったでしょう。


曽野
 アラブ世界に関して最も怖いのは、危険が危険の顔をしていないことです。新宿の歌舞伎町のような場所なら、いかにも怪しげなネオンや人が立っているので注意深くなって安心です(笑)。ところが、アラブでは「ドント・ウォーリー(心配ないとといわれたらまず「ウォーリー」しなければいけない。「ノー・プロブレム(問題ない)」といわれたら、「プロブレム」があるということです。反射的に、身の危険を思わなければいけない。だから「自衛隊ウエルカム!」と書いてあったら、「来たらコワイぞ!」という意味なんです(笑)。


日下
 恐れ入りました。ハンテントンは『文明の衝突』を説きましたが、これからイラクでは、アラブとキリストと日本の3文明が至近距離で衝突します。建前だらけになっている3文明のホンネについて、こういう研究がもっと必要ですね。
 



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