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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 老後の暮らし?個性と経験生かせる社会に  
コラム名: 透明な歳月の光 95  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/02/06  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   もっと温泉にも行きたいのに、私の生活ではそれが適わないから、この時期、冬の温泉旅行のパンフレットがたくさん送られて来るのを眺めてガマンしている。私が今行きたいのは、樹氷を見ることで、スキーもできないようでは、樹氷の森にも近づけないのではないかと思うのに、パック旅行では雪上車のような車で近くまで連れて行ってくれるという。

 行けない理由は1つもないのに、ためらっているのは、往復の車の中で、カラオケが歌われるのではないか、と恐れているのである。1人好きな人がいて、その動議が通ったらどうしよう、と思うのである。そうでなくてもガイドさんに民謡などを歌われるのもきらいである。

 私はバスの窓から、適当な静寂の中で景色を見ていたい。たいていのガイドさんが喋り過ぎである。自然の景観の中でも際立ったもの、誰もがあれは何だろうと思う建物、くらいに説明を少なくするバスがあっていいだろうと思う。つまりうんと説明や歌がつきますよというコースと、運転手さんだけで何もガイド説明はありません、というコース別の表示が事前にあって、好みを自由に選べたらどんなにいいだろう、と思う。

 先日、介護センターで脳梗塞の後、機能訓練を受けた方の奥さまのお話を知った。ご主人は、大変専門的な仕事をしておられた方なのに、看護センターでは、お遊戯と習字をさせられる。どちらも文句を言わずに黙々と加わっておられるのは、徳のある優しい方だからだ。

 しかしそのうちに、将棋を指す方がボランティアで毎日来てくださるようになり、ご病人自身ももともと強い方だったので、生き生きとして楽しまれるようになった。

 ほんとうのぼけ老人なら仕方がないが、みんな長い専門的な経歴があるのが老人なのだ。そのような人々にお遊戯をさせたり、クラシックが好きだった人に下手なコーラスや演歌の慰問を聞きなさい、というのは実に残酷なことだ。

 私は今からでも習字、一本指のエレクトーン、編み物、車椅子でのキャッチボールなど、何でも楽しむかもしれないと思うけれど、できたらやはり今までの仕事の延長を感じさせる生活をさせてほしい。

 最近、勤め先の会議で、理事の1人が実にいい提言をした。これから病院のカルテや施設の申込書に、病歴だけでなく、趣味や生き甲斐など、その人の生きて来た歴史の中枢をていねいに記録してもらい、その人の得意の分野で老後を生きてもらうことが社会の任務だ、というのである。私は優しくないから、できるだけ年寄りの個性を生かし、できれば働かせ、どれだけ健康保険を使わないかを目標に生きるのが「愛国者」だと言っている。
 



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