共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 若手歌舞伎役者の“コラボ”?親の業を継承し変化革新  
コラム名: 新地球巷談 29  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/12/29  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   いま、歌舞伎が静かなブームになっているそうです。特に若い女性たちの間では単なる流行の域を超えて、歌舞伎鑑賞が一種の教養度を測る物差しとなっているという話まで聞きました。

 今年は歌舞伎の始祖、出雲阿国(いずものおくに)がいまの南座がある京都四条河原で念仏踊りを出し物にして400年にあたります。財布の紐が固くなっている昨今ですが、「歌舞伎四百年」と銘打った出し物はみな大当たり。何はともあれご同慶の至りです。

 近年、文化・芸能の分野でも「コラボレーション」が盛んです。私はこれを異業種、異分野、異世代間の共同作業によってなにかを創生することだと理解しています。

 歌舞伎興隆の理由を考えると、一番に梨園に新しい世代が育ち、新しいスターが次々と誕生したことがあげられます。次いで、そうしたスターたちが「コラボレーション」で、歌舞伎にとどまらずテレビドラマや映画、演劇、さらに他分野の芸能との競演に果敢に挑戦し、歌舞伎の裾野が広がっていったからでしょう。加えて、能、文楽という2つの世界無形文化遺産を取り込んだ「日本伝統芸能の粋」としての歌舞伎に対する海外での評価も高まり、外国の芸能とのコラボレーションの動きも始まっています。

 ところで去る9月、米国のハワイ大学から「英語版歌舞伎台本」の最終巻となる四巻目が出版されました。タイトルは『Kabuki Play On Stage』。翻訳から出版まで丸8年を要したこの英訳本には、江戸初期のものから明治初期のものまで、日本の歌舞伎台本51本がト書きを含めて英語に翻訳されています。各舞台の名場面の写真や錦絵も挿入されて至れり尽くせりの、外国人への格好の歌舞伎台本を兼ねた解説本といえるでしょう。

 監修責任者はハワイ大学名誉教授のジェイムズ・ブランドン博士。博士はかつて、米国大使館文化担当官として東京に駐在し、その間、日本の伝統的総合舞台芸能である歌舞伎に魅せられて“青い目の歌舞伎研究者”となった人です。この英語翻訳は当初、国際交流基金の援助を得てスタートし、その後日本財団が出版関係のお手伝いをしたもので、いわば教授と国際交流基金、日本財団との「コラボレーション」となります。

 先月末、久方ぶりに歌舞伎鑑賞の機会を得ました。今年はまた戯作者、近松門左衛門生誕350周年でもあります。当日のとりの演目は近松の傑作『心中天網島』の河庄の場でした。今年、文化功労者の栄を受けられた人間国宝・中村鴈治郎さん演じる紙屋治兵衛は、傾城の色香に惑い狂う男のおろかさと執念とを見事に演じきっていました。この治兵衛は、初代・鴈治郎が創り上げた当たり役で、鴈治郎家の家芸ともなっています。先代鴈治郎演じる治兵衛も至芸といわれましたが、当代鴈治郎さんは父とは違う新しい自分の治兵衛を創り上げ、改めて見事なものだと思いました。

 私の好きな言葉に「箕裘之業(ききゅうのぎょう)」があります。父が弓を作るのを見て、子が木の枝を曲げて穀物から籾殻などをふるい分ける箕を作る名人となり、父が鉄を延ばすのを見て子が皮を延ばして裘(皮衣)を作る名人となることから、親代々の業を受け継ぎ、さらにそれを変化革新させることを意味する言葉です。400年に及ぶ歌舞伎の伝統芸が守り継がれながら、さらに新しいものを生み出そうとすることの素晴らしさを表す言葉として、これほどぴったりくるものはないのではないでしょうか。

 歌舞伎界を含め、日本の伝統芸能界の若手による異分野への進出に、とかく眉をひそめる向きもあるようです。しかし、「箕裘」ではありませんが、歌舞伎等の伝統芸能が国内外を問わず種々の芸能とともに切磋琢磨することは大いに意義のあることです。ブランドン博士の監修した4巻物の書籍も、そうした「コラボレーション」に大いに役立てばと期待しています。「箕裘」は世の中すべての事柄に当てはまるように思われます。子は親の背中を見て育つとも言います。まずは親の自覚こそが大事なのではないでしょうか。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation