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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 覚悟?国籍を捨て使命に殉じる  
コラム名: 透明な歳月の光 79  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/10/10  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ジャン=ピエール・ブレシェット先生に、私はアンゴラのルアンダ空港で初めて会った。まだ高齢ではないが、白髪で静かな英語を話す。その時私は、先生が医師であり牧師であり、もともとはスイス人でありながら現在はアンゴラの国籍を持っていることを思い出した。先生はまた「フンダ・プロジェクト」と呼ばれる元ハンセン病だった人たちの社会復帰を支援する運動の主宰者でもあった。

 今、ハンセン病は容易に治る病気になったが、このフンダの活動の目的は、元患者たちへの職業訓練と外の人々と交じり合って暮らす姿勢を推進することである。「依存の生活から脱出させ、尊厳を取り戻し、他の市民と同じ普通の生活をさせること」という目標は元患者たちに充分な尊厳を持って自立を促している。

 しかし私が心をうたれたのは、先生がスイスの国籍を捨ててアンゴラ人になったことだった。日本人のパスポートは、世界一自由で信頼されるものだというが、スイスのパスポートも充分に自由と権威を持つものであろう。

 先生がなぜそうしたか、というと、アンゴラ政権が、外国の援助団体を排除する方向にあって、車輌の購入をはじめさまざまな制約を加えたから、自らがアンゴラ人になったとも聞いたことがあるが、先生は私にはそのようなことは一言も言わなかった。

 私は昔、日本で1人のフランス人の修道女の日本国籍取得に関して身許引受人となったことがある。日本の法務省はすべての財産を捨てている修道女に対して、資産がなければ国籍取得を認めない、と言ったのである。こういうことは国際的非常識というものだ。しかし私は一方でその時この修道女に言ったのだ。

 「別に日本人におなりにならなくても、同じようにこの国で尽くしてくだされるでしょうに」

 それはだめだ、と彼女は言った。今後日本に何が起きるか知らないが、戦乱、天災、経済危機すべての「あおり」を日本人と同じように受ける運命を受諾してこそ、日本人に誠実を示せるのだと彼女は言った。

 ビニールとゴミの山に住む人々。貧富の差があまりにも歴然としている社会構造。空港で公然と金をねだる女性警官。それが旅行者の見たアンゴラだ。一方でスイスは貧しい人もいずゴミ1つない町を誇る。そのような国から、先生はアンゴラの国籍に移った。

 日本をあしざまに非難した人たちは、1人として日本国籍を捨てて彼らの讃美する国に国籍を移していない。

 人間は何かを捨てなければ、忠誠を証明できない。出自も私利も捨ててこそ、その使命や仕事に殉じたことになる。しかし私たちの多くは卑怯者だ。その場合は、やはり心の中で恥じ、うなだれている部分を残すべきなのである。
 

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