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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 太平洋・島サミット?椰子の実に託す勝利、喜び  
コラム名: 新地球巷談 24  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/07/28  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   今年は不順な天候が続きましたが、例年、国民の祝日「海の日」が過ぎると梅雨があけ、夏本番を迎えます。学校も夏休みに入り、そろそろ各地の海辺は大勢の海水浴客で賑わうことでしょう。

 私には、夏が来るとなぜか口ずさむ歌があります。♪名も知らぬ遠き島より流れ寄る…と歌いだす『椰子の実』です。

 島崎藤村の詩に大中寅二が曲をつけたこの歌は、昭和11年にNHKの国民歌謡として生まれました。そして、ほぼ私の実年齢に近い年月を人々に歌い継がれてきました。戦後すぐの物資の乏しかった少年期、炒った空豆の入った袋を海水パンツにつるして海に入った思い出とともに、私にとって夏休みの到来を告げる歌であり、どことも知らぬ遠い地に思いをはせ、限りなく夢をかき立ててくれるものでした。

 島崎藤村が、友人である民俗学の草分け、柳田国男から聞いた椰子の実の話を一編の詩にしたことはつとに知られています。柳田は学生時代の明治31年夏、渥美半島の伊良湖に滞在し、この時に浜に打ち上げられた椰子の実を見つけました。それが沖縄あたりから漂着したものなのか、あるいは遙か遠く南太平洋から流れ来たものなのか定かではありません。しかし、流れ寄る椰子の実は、話を聞いた藤村の詩心を刺激したばかりか、柳田自身にとっても大きな意味合いを持ったものだったようです。

 柳田国男の伊良湖の思い出は、後年の名著『海上の道』へとつながります。柳田は『海上の道』で日本人、日本文化の源流を遠く南の島に求めました。南方渡来説です。アカデミズムには無縁の私にはその説の学問的な意味合いは深くはわかりません。しかし、漂着した椰子の実から海の彼方を思う日本人の持つ豊かな感性を感じるのです。

 日本財団が「海の日」にちなんで設けた海洋文学大賞の文学部門で昨年、『やしの実漂着』という作品が佳作となりました。作者は沖縄在住の清原つる代さん。伊良湖町が町興しにと18年間、毎年数十個の椰子の実を沖縄の石垣島から流し続け、一昨年ようやく1個が40日間で伊良湖に漂着したという実話がモチーフとなっています。

 南の島、太平洋地域の島々を思い描くとき、大方の人がイメージするのは椰子の実や椰子の木でしょう。椰子は英語で「PALM」ですが、「PALM」と呼ばれる、日本が中心的役割を担った重要な国際会議があることをご存じでしょうか。この五月、沖縄で開催された「太平洋・島サミット」です。会議の正式な英語名称は「Pacific Island Leaders Meeting」、略称「PALM」です。ポリネシアからメラネシア、ミクロネシアに跨る太平洋諸島諸国とオーストラリア、ニュージーランドの首脳と日本の首相が一堂に会して、この地域がかかえる様々な課題を討議する場となっています。

 今回で3回目となった「PALM2003」は、南の島々と関係の深い地元沖縄の歓迎と小泉純一郎首相の心のこもったホストぶりもあって成功裏に終わったと聞いています。平成9年に第1回会合を開いた「PALM」には、私も実現に一汗かいたこともあっていろいろと思い入れがあります。

 PALMには勝利や喜びという意味もあります。島嶼(とうしょ)国の人々はシンボルである椰子とともに、将来の勝利や喜びをこの国際会議「PALM」に託しています。そこに日本の存在があることはいうまでもありません。日本の政府開発援助(ODA)の椰子の実ひとつ分ほど投入されるだけでも人々の暮らしは変わるでしょう。残念ながら、日本のマスコミの関心は薄いものでした。

 核疑惑のある国だけが隣国ではありません。地球上の3分の1の面積を占める太平洋地域には多くの隣国が存在します。しかも、その多くはかつて日本が信託統治し、太平洋戦争で多くの日本兵士が散った地でもあります。海の彼方にある国々がみな、日本に友好的であるわけでもありません。夏の日、感性豊かな人々が今一度、島国日本を取り巻く状況に思いを致していただければと思うのです。
 

第7回海洋文学大賞結果発表((財)日本海事広報協会)  


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