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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 食堂の光景  
コラム名: 楽な地点  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2003/07/22  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   私が働いている日本財団は8階が食堂になっている。一番明るくて景色がいい空間である。一部は会議用の部屋と会食用の食堂、一部が職員が食事をしながら打ち合わせをするスペース、後が関連財団の職員もいっしょの食堂である。

 食堂の一番目立つところに、神棚がある。古い社屋にあったご神体を、私もいっしょにお供して夜闇の中でお遷り頂いたものである。神棚は置く方角が大切だという。それに一番合致するのがここだったのだ。しかも……私に言わせれば、お守りくださる神様に職員全員を見守って頂けるのもここである。

 勤め始めた頃、私がカトリックなので、神事には出ないと言うかと周囲は少し気にしていた。しかし私は神事を大変大切にしている。人が大切に思うことは私も大切にしたいのだ。ただし神事には慣れていないので大変緊張した。拝礼をするのと、柏手を打つのとどちらが先だったかまちがえるのが心配で、マジックインキで掌にアンチョコを書いておいたこともある。

 日本財団には幹部食堂などない。食堂で眼についた人に仕事を確かめることもできるし、理事たちも若いお嬢さんと食べるのが嬉しいらしく、従って定席というものがない。かつて某大国の日本大使でいらした方が、ふと気がつくと右も左も前も、周囲を全部若い女性に囲まれて食事をしておられるので、あの壮大な大使館の豪華なテーブルで食事をされていた時より今の方がはるかにお楽しそうだ、と私は勝手に憶測している。

 食堂はいつでも座れ、おいしくて安くて、好評である。財団が負担している分を除けば、350円が定食。いなりずしは2個、おむすびは1個50円である。

 勤め始めた頃、私は作家としての仕事の関係者が財団に現れないように厳密に区別していた。私は非常勤・無給だから時間に関しては少しはゆとりを許されるかもしれないが、バカ律儀なところがあって、たとえ渋茶いっぱい出すにも、私用のために財団の職員を使いたくなかったのである。

 しかし私は間もなくそのルールを撤廃した。当時日本財団はマスコミに、立証できるはずのない「悪評」を書き立てられていた時代だった。根拠のない悪評はいずれは納まるが、それにはできるだけ多くの人に「居間から台所まで」見てもらうことがいい。私は無給の上、交際費もゼロ円の会長だから、一月に知人の編集者数人に350円の定食を「ごちそう」することも広報費として認めてもらおう、と考えたのである。

 これは有効だった。マスコミは、食堂で全職員の態度を自由に観察している。何を話しているかも小耳にはさめる。多分広報の本質とはそういうものだったのである。
 



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