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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 幼児の犯罪?避けられぬ貧しさが悲劇生む  
コラム名: 透明な歳月の光 66  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/07/11  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   6月下旬の英字新聞によると、先日メキシコ市では4歳になった男の子がレイプの嫌疑で起訴された。子供が父親に付き添われて法廷に現れると、裁判官は彼に被疑者の権利と起訴状の内容を読み上げ、真実を述べるように言い渡した。男の子は、同じ幼稚園に通っていた同じ4歳の女の子に性的な暴行を加えたので訴えられたのである。

 役所の違法行為を告発するグループは、この取り調べはメキシコの法律に背くものだと考えている。なぜなら、4歳の子供は起訴されるべき年齢でもなく、自分の言動に責任を取れる年でもないからだ。人権委員会は、連邦法務局が未成年者を取り調べて起訴した関係者を、むしろ調査するように進言していると言う。

 数年前に私は、1人の日本人のシスターが働いているブラジルの田舎町の保育園を訪ねた。

 シスターは預かっている子供たちを巡る母親たちの、厳しい生活の話をしてくれた。多くの母たちは、夫に捨てられたか、最初から夫というべき人のいない女性たちであった。中でも1人の赤ん坊の話が私の記憶に残った。

 或る日のこと、別の施設から1人の赤ん坊がシスターたちの所に送られて来た。まだおむつも取れていない女の子だが、その子は、環境が変わったせいか、到着早々泣きだしてどうしても止まらない。いくらミルクを与えても泣き止まず、眠りもしない。

 育児には慣れているシスターたちも困り果て、翌日しかたなく医師のところにこの子を連れて行った。その結果、この赤ん坊の腟から、数本のクギが発見された。かわいそうに口のきけない赤ん坊は、それが痛くて夜通し泣き続けたのである。

 前の施設にいた5、6歳の男の子が犯人であった。メキシコのレイプ事件と同質の犯罪である。

 どうしてそういう子供ができるのか。それは南米の貧しい家の構造と深い関係にある、とシスターたちは言う。多くの場合、貧しい一間だけの家には、電気もテレビも玩具もない。子供たちはただ両親の性生活だけをのべつ見て育つ。

 世界中のどの家にも、少なくともドアのついた2つの個室(両親のと子供たちのと)を与えられる状況にならなければ、貧しさから来る悲劇は回避できない、とシスターたちは言う。

 難民に対しては、大人は1人1畳、子供は1人半畳くらいの計算で面積を割り出した小屋が今でも与えられるようになっている。しかし子供たちのことを考えて、ドアのついた2つの個室を作ることが必要条件だ、とはまだ一般に考えられていない。世界中でそれが可能になるのは、いつのことなのだろう。

 (この原稿は長崎の4歳男児殺害事件の前に書いて新聞社に渡していたのだが、貧しくなくても犯罪は起きることも証明されてしまった)
 



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