共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 作物泥棒?一国の農業が壊滅しかねない  
コラム名: 透明な歳月の光 65  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/07/04  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   最近の日本の畑から、高級サクランボやスイカが盗まれるという現象は、早く全力を挙げて無くすようにしなければならない。

 まずドロボウが見つかったら、その名前や職業や住所を公表する。外国人だったら強制労働をさせる、というような強権を以て罰する制度を作らないと、日本の農業が壊滅的になるからである。

 私は30年間、アフリカなどの奥地に入って、そこに住みついて土地の人々のために働いておられる神父や修道女たちに活動資金を送る仕事をやって来たが、中には50万円とか70万円とかで、そこそこの面積の土地が買え、そこで実験農場をやりたいという申請もあった。

 どこの国にも、知的で向上心に溢れている働き者の青年たちがいて、シスターたちは何とかして彼らに生きる希望を見つけてやりたいと思うことはよくわかった。

 私たちは土地を買うことを承諾したが、まもなくシスターたちからは、農地全体に有刺鉄線を張るか、塀を作りたい、という新たな要求が出た。

 「農地に塀ですって?」

 私たちも最初は事情がわからなかった。宅地ならともかく、どこに農地に塀を巡らせるなどという必要があるのだろう。しかも皮肉なことに、日本の住宅のような狭い面積なら塀を作るのも簡単かもしれないが、安くて広大な土地に塀を作るとなると予算も相当なものになる。

 しかも塀で囲っておかないと作物は盗まれてしまうから収穫にならない、という。私たちは仕方なく塀の予算をつけた。しかしまもなく夜警をつけたいので、その費用も出してくださいと言って来られた時には呆気にとられた。

 塀を作って夜警をつけても、それを乗り越えて泥棒は収穫前夜に盗みに入ることもある。夜警が友だちか従兄弟を手引きして入らせたのかもしれない、と次第に私たちはよみが深くなった。

 作っても作っても泥棒に盗まれるという状況ができたら、一国の農業は壊滅する。アフリカの農業関係者の無気力もそこから来ている。日本の畑で塀を作り夜警をおいたら、できた作物の値段は数倍になって、消費者に跳ね返る。これは由々しきことである。

 私はよく週末を海辺の畑の中の家で過ごしている。私の家は時期によって、大根かキャベツ畑の真っ只中にあるのである。

 それにもかかわらず、私の家には大根おろしにする大根もない時がある。何かの理由で買うのを忘れたか、買いに行く時間がないか、畑を見渡しても譲ってくれそうな農家の人の姿が見えない時である。そんな時、ほんの一瞬お隣のTさんの畑から大根1本抜かせてもらって、明日断ればいいか、と思うこともあるが、私はそれをしたことがない。農村に住まわせてもらう以上、信頼がお互いの人間関係の基本だからだ。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation