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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: イラクの混沌?複数の支配者が国を荒廃させる  
コラム名: 透明な歳月の光 64  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/06/27  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   イラクの戦争が混沌として来た中で…と書いてから、こういう書き方はやはり遠くの見物人の表現だ、と反省した。イラクのあちこちに住む村人たちにとって、最近の暮らしは、混沌などと言って済むものではないだろう。昔、サダム時代も、対立、恐怖、圧迫はあった。しかしそれなりに安定していた。しかし今の「混沌」は家族を失い、秩序をなくし、腹立たしい限りだろうと思う。

 理由は2つある。

 1つは今までの生活には、誰もが馴れていた。不自由は不自由なりに、貧しければそれなりに、圧政は圧政なりに、昨日まで存在していたような状態が今日も続く、という馴れがあった。これはまあ、けっこうなことなのである。誰もが、急な変化を好まない。今まで自由だったガソリンが急に列を作らねば買えなくなったり、今まで泥棒でなかった人が略奪を始めたりすると、これもまことに困ることになったのだ。

 2つ目は、アメリカという新たな支配者の出現である。サダム・フセインの時代には、家族も知らないうちに殺されていたり、殺されないまでも残酷な仕打ちを受けた人はたくさんいただろう。しかし、サダム・フセインはそれなりに理解できたのだ。同じアラブ人だから、憎み方もわかっていた。サダム・フセインを倒さなければいけないとしても、それはアメリカ人がやることではなく、もっと時間がかかるかもしれないが、同じアラブ人同士が好みの方法で「決着をつけ」ればいいことなのである。

 どんな憎いサダムでも、イラクの国内問題に武力で介入するアメリカ人よりましだ、とイラクに住む人々は、初めから思っていた。化学兵器で同じ部族を数千人も殺され、サダムを激しく憎むクルド人でさえ、ブッシュよりはサダムの方がましだ、と去年秋、まだ開戦前からはっきり言っていたのを、私は北シリアで聞いている。

 痛ましいことに、終戦後のアメリカ軍の犠牲者は50人以上、イギリス軍は少なくとも6人はいる。アラブの格言は昔から次のように言っている。

 「もし国が荒廃することを望むなら、複数の支配者ができるように祈ることだ」

 つまり独裁者による支配の方が、親分たちの群雄割拠する社会よりは安定して暮らせるという体験的知恵である。

 今回のイラク戦争の苦い体験の中から、しかし日本人に恩恵をもたらしたものが確実に1つある。それは、イラク戦争に加わった特派員(従軍記者)たちが、アラブを理解するようになったことだ。記事を見れば、それがよくわかる。彼ら特派員たちは実際にこの国にふれて、日本にいるだけの評論家より、総じてはるかに正確にアラブを理解するようになった。少しでもアラブ通が増えれば、日本の知的財産になることはまちがいないのである。
 



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