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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 新知事?喜んでいる場合か!  
コラム名: 透明な歳月の光 59  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/05/23  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   42歳の元官僚が、全国最年少で徳島県知事に当選が決まった時の光景を、たまたまテレビで見た。躍り上がるような喜び方である。先日、神奈川県知事が当選した時も同じような大はしゃぎで、私はびっくりして眺めていた。東京方言で言うと、「喜んでいるバヤイ(場合)か!」なのに、2人共そうなのである。

 中央官庁の元官僚が42歳にもなれば、県政を任されたらどんな事態が起きるか想像できるはずだ。改めて責任の重さをずっしり胸に感じる瞬間のはずだろう。

 もちろん知事は、自分から望んでそういう立場を選んだのだし、その仕事に自信がある人だからこそ、立候補したのだということもよくわかる。

 私たち小説家も、若い時には、自分にも小説が書けそうな途方もない自信に満たされてその道を歩き出したのである。しかし文学が好きでも、その才能があるかどうかは全くわからない。殊に昔は、小説家を志すことは、身を持ち崩すのと同じだと世間からは考えられていた時代だった。

 文学を取ると決心した後でも、私は何度も暗澹とした。食っていけるだろうか。私の書いたものを読んでくれるという物好きな人が、100人でもいるのだろうか。こうした思いは今でも変わらない。仕事は、常に不安と交互にやって来る自信と、自信を打ちのめす暗い思いと共に続けて来たのである。

 県知事は数十万、数百万の、それぞれに考えの違う人の生活を民主的に束ねて行かねばならない。個人の利益と、県の発展とのバランスも考えなくてはならない。そんなむずかしいことがどうしたらできるのだろう、と私は今でも不思議でならない。県政の長になることが権勢を持つことだと考えられれば、大喜びもできるのだろうが、まともに責任の重さを考えたら、躍り上がって喜ぶどころか、むしろ不安と責任の重さに気もめいるのが普通の神経なのではないかと思っている。

 当選の瞬間に躍り上がって喜ぶことがなぜ困るかというと、そういう性格には、明るい将来の設計と共に、井戸底に落ちるような暗い未来を予測する力に欠けていることが、示されているからである。暗い未来を予測して備えることは政治家にとっても殊に大切な能力で、それがなければ国家の安全も保てない。

 もっとも私の知人に言わせれば、政治家になる人というのは、最初から特殊なのだという。その人は結婚する時、相手の娘に、あなたを幸せにします、という意味のことを口にしただけで胸がチクチクと痛んだ。ウソをついている、と自覚したからである。

 小心に考えれば、1人の幸福さえも保証できないのに、政治家は数十万から一億数千万人の幸福を約束する。まちがいなく大物の証拠だと思えるのだそうだ。
 



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