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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 反戦・反核?なぜ既製品の文章でアピール  
コラム名: 透明な歳月の光 56  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/05/02  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   小説家には、協会のようなものがあるのですか、と時々聞かれることがある。推理小説の専門家も、脚本を書かれる方たちも、詩人たちも、それぞれにグループがあるはずだが、私が入っているのは日本文芸家協会と言って、原稿収入を得ている人なら、どのような作品を書く人でも入れてもらえ、創作をして生きて行く上での、或いは著作権の上での、多くの権利を守ってもらう同業者の組織である。

 もう1つ、日本ペンクラブというのがあるが、私は或る時から脱退した。その理由は、今度新しい会長に就任された井上ひさし氏の「就任の挨拶」にもよく現れている。井上氏は「私は言論のとりでを守り、反戦反核を貫くペンの精神を若い方々に引き継ぐ踏み石です」と言われたと新聞は報じている。

 多分私を含めて多くの作家たちが、反戦であり、反核でもあろう。しかし作家というものは、実に雑多な、個人的情熱を持って書くのだ。私はそれを「作家は私怨で書く」と言っている。肉親への愛憎が私怨になることもあり、戦争、貧乏、病気、異性関係、などが私怨になることは多い。ただ私は女々しい性格なので、反核・反戦くらいでは、いい小説は書けないとわかっている。もっと個人的恨みが深くないとだめなのである。

 反戦・反核で書き続ける人もいて当然なのだ。しかしそれと同じくらい、別の理由で書く人もいるのである。私は残る短い余生を、悪の追究をして作品を書きたいと思っているのだが、それは直ちに反戦にも反核にも結びつかない。小説で結論を書けば説明になる。描写とは経過を書いて、結論は読者に出してもらうものだと私は思っている。

 もう1つ、私が日本ペンクラブを脱退した理由は、この組織がすぐアピールを出すようになったからだった。ペンクラブの会員たちは、誰もがものを書く人たちだ。詩歌、演劇、エッセイ、評論、どれも世の中に働きかける大きな方途で、会員は個別にその力を持つ人たちばかりなのだ。彼らがそれこそあらゆる媒体で、独自の言葉で反戦・反核を表現できるのに、何で衆を頼んで、同じ文章でアピールを出さなければならないのか私にはわからないからである。

 同じ気持ちを表すのにも、私は「一言だってこの言葉は使いたくない」「どうしてもこの字句を使いたい」と思う時がある。既製品のアピールの文章に妥協しなくても、反戦・反核の意図は充分に伝えられる筈だ。

 さらに、反核・反戦でなければ作家とは言えないこともない。犯罪者も、性的倒錯者も、守銭奴も、色情狂も、誰もが作家たり得ることは、世界の文学史が証明している。フィランソロピストも平和主義者もその1人に過ぎない。
 



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