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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 平和?この世ではありえぬ永遠の悲願  
コラム名: 透明な歳月の光 51  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/03/28  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   昔「人間はあらゆることから学ぶ、戦争からも学ぶ」とどこかに書いて、ひどく叱られたことがあった。戦争から学ぶものなどあるか、と言われたのだ。しかしそれが今でも私の現実だ。今度アメリカがイラクに侵攻したことからも、私は実に多くのことを学び続けている。

 一番単純なことは、メソポタミア文明というものが、チグリスとユーフラテスという2本の川が、互いに近接した地点の湿地帯にできた、という実感である。バビロンやウルなどという町がどこにあって、どうして栄えたかもやっとわかった。戦争解説用のいい地図を、テレビが何度も見せてくれたおかげである。

 最近或る出版社に出してもらった私の本を見ていたら、「平和は善人の間には生まれない」という文章にぶつかった。残念ながら、この眼の覚めるような言葉は、私のオリジナルな思想ではない。或るカトリックの司祭が説教の中で語ったことを、私が書き留めていたのである。

 この神父は、悪人の間になら、平和が可能な場合もあり得る、と補足し次のように言っている。

 「人間が自分の中に充分に悪の部分を認識した時だけ、謙虚にもなり、相手の心も読め、用心をし、簡単には怒らずとがめず、結果として辛うじて平和が保たれる、という図式になるからだろう」

 そもそも「平和」は、ヘブライ語ではシャロームであり、イスラムも、その語源には「平和」という意味が根底にある、という。「シャローム」は「欠けたることのない状態」を示す言葉だとイスラエルで教わった。つまり、平和はこの世ではありえない貴重なものだ、と知りつつ、この完璧に美しい希有なものを、人々は永遠の悲願としたのである。日本人のように平和は皆が望めば簡単にそうなるものだ、などとは誰一人として思っていない。

 サダム・フセインの家系図を今回初めて知った。アラブの基本は、いとこ同士の結婚だが、サダム・フセインの一家もまさにその典型に近い形を持っている。サダムの第1夫人は従姉か従妹であり、サダムの3人の娘たちはそれぞれ又従兄弟たちと結婚している。2人の大統領顧問はサダムの母方の父違いの兄弟たちらしい。

 つまりアラブ人たちは、他人を徹底して信じないのだ。アラブが信用する基本原則は、まず同部族で同宗教であることに限られている。

 彼らはアメリカが好きなような自由とか、解放とかを見たことがないのだから、望んでもいないだろう。なぜなら、彼らは我々の考えるような民主主義社会にはいないからだ。上質の電気が充分に供給されていない土地には民主主義は存在しない。アメリカという国は自分がいいとするものを、他人もまた評価すべきだとして疑わない困った国である。
 



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