共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 心が通って信頼が生まれるために・・・・・・  
コラム名: TOP INTERVIEW 池田守男(資生堂社長)VS.曽野綾子  
出版物名: 月刊国際商業  
出版社名: 国際商業出版  
発行日: 2003/02  
※この記事は、著者と国際商業出版の許諾を得て転載したものです。
国際商業出版に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど国際商業出版の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  =============================================
作家として人間の暗く重いテーマを追い続けてきた曽野綾子さんは、その厳しい言葉と裏腹にこよなく日本を愛する礼儀正しく美しいトップレディである。日本を今日のように堕落させた最大の原因は「与ふるは受くるより幸いなり」の精神を忘れた戦後の教育にある、と断罪。池田守男さんもまったく同感。ともに敬虔なクリスチャンとして、教育、女性の社会進出、トツプのあり方、経営改革を語る中で、その価値観と思考軸は大きく共通するものがある。
=============================================


「信なくば立たず」??今の日本の社会、企業に欠けているものは何か


≪ 日本ほど幸せな国はない ≫

池田守男(資生堂社長)
 曽野先生お久しぶりです。日本財団に、鈴木富夫さん(講談社顧問)の書が掲げられていると伺っていたので、ぜひ一度お訪ねしたいと思っていたのですが……。


曽野綾子
 鈴木さんは私の会長就任祝いにアッシジの聖フランチェスコの「平和を求める祈り」を、お書きくださいました。2字か3字のものだろうと思っていらしたでしょうに、何行にもわたるこんなに長いものを頂戴して感謝しております。


池田
 「私をあなたの平和の道具としてお使いください」から始まる有名な言葉ですね。確か、サッチャー英・首相が就任の際に演説で引用し、国民に語りかけたと聞いた記憶があります。


曽野
 「愛されるよりは愛することを」など、素晴らしい言葉がいっぱいです。現代に生きるわれわれは愛されることばかり求めていますが。


??先生はそうした祈りを心に抱いて世界中を訪れ、現地の人たちと直接交流されているわけですが、そういう体験の中で、現代の日本という国と日本人のあり方をどう感じておられますか。


曽野
 日本くらい幸せな夢の国はございませんね。なぜ夢の国か……何の心配もなく水が飲める、無料で救急車が呼べる、今晩食べるもののない人がいない、あるいはマンパワーというか、非常に優秀な人材を持っているとか、さまざまなことが言えるでしょう。とくに人材の点では、その背後には何百年間にもわたって教育を受けた多くの人々がいるという、各国の首脳がみな望んでいながら適わなかったことが実現されている現実がある。これを思えばなぜこの国が不満なのか。不満をおっしゃる方はどうぞ早く日本からお立ち退きになってよその国籍をお取りになったらいい、といつも思います。そういう意味で私は大変、日本国家に甘いんです。


≪ 戦後の日本人が失ったもの ≫

??でありながら、反社会的な凶悪犯罪が増え、最近の統計では、自殺者が4年連続で3万人を超えて、しかもとくに中高年層の比率が高まっているとか、社会の暗い面が目立ち、日本はどうなるのかという不安感が強く漂っています。


曽野
 教育が全責任を取るべきだと思います。日本人は優秀でしたが、戦後教えてもらうべきことを教えてもらえなかった。はっきり言えば日教組の教育の悪さがいま出ていると思います。私は30代以上の方が言いたいことをおっしゃればいいのだと考えております。先ほど聖フランチェスコの「愛されることより愛することを」という言葉を申し上げましたが、現在は求愛の精神ばかりが旺盛で、みんなに愛されようと右往左往し、評判の悪くなることを恐れ、何も言わない……これがいちばん困るんです。求愛の精神だけ、というのはやめて、後輩や子供に嫌われることなど最初から覚悟すればなんでもない。言いたいことを言えばいい。子供たちも馬鹿ではありませんから、言いたいことを言う大人を尊敬しますでしょう。


池田
 私もまったく同感です。戦後、最も大きな問題はやはり教育の欠如、本来的な教育が行なわれていないことだと痛感します。企業においても上の者が下の者を叱ることがなくなってきている。家庭でも同様に親が子供を叱らない。そのうえ、近隣コミュニティの年長者が叱ることもないし、叱れば親が抗議する。それどころか、教師がそういうことをやると猛烈な抗議行動が起こる。これは由々しきことで、社会秩序の崩壊が起こるのは当然でしょう。

 賀川豊彦氏の言葉に、親とか年長者には子供を叱る義務があり、子供には叱られる権利があるとありますが、こうしたことも失われていると思うのです。また、私たちは自然から多くのことを学び、教えられてきました。日本人は自然に対する畏敬の念を抱きながら生きているのです。教育には、このような日常生活の中での理念や哲学が必要だと思います。その大切なものが失われているような気がしてなりません。

 政治の世界でも同じことが言えると思いますが、企業においても、不祥事の頻発を見てもわかる通り、創業時には高邁な理念があったはずだが、いまはどこかに行ってしまっている……こういう不幸な現代にあっては、個人においても企業においても、柱になる人間の根源的なものを1日も早く取り戻し、それぞれが強く意識する必要があると痛切に感じています。


曽野
 私の知っている神父がこう言いました。「人間は『真・善・美』を追求するものである。日本人には真と善はある。しかし、美がない」と。つまり、「真」を「真実」あるいは「真理」と訳していいかどうかはわかりませんが、日本人には真なるものを追求する気持ちがある。また「善悪」の感覚に至ってはむしろ非常に強い。しかし、「美」がない。「美」の究極は自らの決定において誰からも命令されるものでもなく、強制されるのでもなく、人としてするべき任務、責任、愛などのために、最終的には自らの命さえも捧げられる哲学のことのようですね。


≪ 化粧すれば心が豊かになる ≫

池田
 自らの信念として選ぶべき「美」をまったくなくしてしまった、ということですね。


曽野
 これを私なりに説明すると笑われそうですが、水谷八重子さんの舞台『滝の白糸』なんです(笑)。泉鏡花の原作で、水芸の女芸人である滝の白糸が、ふとしたことから東京帝大法科の貧乏学生を好きになり、卒業させるために金を貢ぎますが、最後の授業料を払う時、もめごとに巻き込まれ、殺人を犯してしまうというお話。その法廷で判事の末席に愛する人がいる。世間には何も明かさず、「おかみさんにしてもらおうなどとは思ってもいませんよ」と振る舞ってきた、その愛する男に裁かれて死刑になる。

 「なぜ芸人風情であるお前なぞが300円もの大金を貢いだのか」と聞かれた時、白糸役の水谷八重子さんがあの素晴らしいお声で、「だから申したじゃありませんか。それは私の酔狂だったんですよ」と言うんですよ。命を賭けた酔狂、これが美なんです。誰から命令されるものでもない。信仰であるか哲学であるか、そこから先は他人が詮索しても批判してもいけませんが、酔狂のある人は極めて少なくなった。私の父母の世代は皆、ガミガミ言いましたし、水仕事で手にあかぎれをつくりながら子供をどなりながら育てていた母でしたが、これもやはり一種の「美」なんですね。これがなくなったことは大きい。


池田
 「真・善・美」の、命を賭けた追求は大変な力を持っていますね。教育だけでなく政治や企業経営の基本的精神も、その3つと深い関わりがあると思います。


曽野
 例えば、いま愛国心を言うと、国が強要するからまかりならんとおっしゃる方がありますけれど見当違いなんですね。そんな高級なものじゃない。愛国心というのは、私たちが生きて行くうえでの、鍋釜並みの必需品なんです。


??ただし組織には「企業は利益を出すために全社員が心をひとつにせねばならない」というような「組織の論理」が存在します。


曽野
 「真」と「善」がそれなんです。「日本はウェル・オーガナイズドされている」と誰もが認める部分。「日本人は製造工程で手を抜かないし検査も厳密である。ちょっとお金をやるからいい加減にせよと言っても、普通の人は聞かない」と外国人は口を揃えますでしょう。そういう意味で日本人は立派です。ただし、現在は経営者のほうがだらしがない……。


池田
 私もその経営者の1人ですが(笑)、経営にあたっては、経済メカニズムという客観性の強いものだけではなく、その中に人間性をいかに組み込み、それが評価されるような社会システムを作り上げるかを追求したい、との思いがあります。20世紀はさまざまな意味合いで、それを総括しながら21世紀に向かうべきであった。平たく言えば、モノ中心の世紀を卒業し、モノに対して命、あるいは魂を吹き込み、人々がそのモノを使うことによって心が豊かになり、豊かな社会も築かれる。それを誇れる世紀を作り上げていく必要があると思います。

 こういう思いで私どもの化粧品業界を見ますと手前味噌になりますが(笑)、私どもはつねに、そしてあくまでも、化粧品を単なるモノとして扱ってはおりません。化粧品を使っていただくことによって美しくなっていただきたい。美しくなっていただくことによって少しでも心豊かになっていただきたい。そして社会に積極的に参画するひとつの出発点としていただければ大変ありがたい。こうした思いを込めてお客様の喜びを目指したい、と。私がつねに社員に語りかけていることは「奉仕の精神」です。本当に身近な方のお役に立ちたい、それが積もり積もって社会のお役に立つということです。これを目指すと同時に、尽くした相手の喜びを自分の喜びとしたいということです。

≪ 間違った戦後教育の“ツケ” ≫

曽野
 聖書に「受けるより与えるほうが幸いである」という言葉があります。いまおっしゃられたことはまさにこれですね。同じことを早く子供にやらせなくては、と考えます。「与える」というのは大人としてのひとつの証ですから、受ける側である子供を早く与える側に回らせて、大人の光栄を与えてやらなければなりません。食べさせてもらったりおむつを替えてもらっていた赤ん坊が、小学生になってお母さんの荷物を持ってあげるようになる。人にやってもらうことが嫌になって自分がやってあげるようになる。それが大人になった証です。

 先ほどの『使徒行伝』の中の言葉を、私なりにもう少しゆるく訳させていただくなら、「多くいただいて多く与えさせていただくのは幸福である」と思っています。この与えることに対する評価をまったくしてこなかったのが戦後教育です。つまり、人権とは要求することであると日教組は言い続けてきた。もちろん、歩道橋を作っていただいたり、ゴッホの美術展を開いていただくのはやはり与えられる幸せです。こういうものはひとりでは作れませんから。

 しかし、市民の権利として要求すると同時に、何ができるか考えるのは当たり前のことです。多くもらうばかりで何もお返ししないでよし、いただくことは人権だから当然だと感謝もせず、与えさせていただく幸福も教えない。これだから、自分の部屋の掃除もせずに閉じこもり、室内電話で母親に「コーヒーを持ってこい。でも部屋には入るな」と命じてドアの前に置いていかせるような息子ができるんです。私なら追い出します。「でも出て行かないと言うんです」と嘆くお母さんには「ならば部屋中に汚物を撒いておしまいなさい」と言いました(笑)。


池田
 激しいですね(笑)。しかし親として当然のことだと思います。私も曽野先生と同じ言葉をつねに思い出しています。ただし私は聖書を文語体で学んだものですから、より詩的に(笑)「与ふるは受くるより幸いなり」。企業経営にあたっては、先ほど申し上げた通り、「奉仕の精神」を企業人として実践するひとつの考え方として、「サーバント・リーダーシップ」という言葉を掲げました。奉仕をするということは、むしろ奉仕をさせていただく、その機会を得たことの非常な喜びです。これが企業活動全体の中に、あるいは日常業務の中につねに充満してくれば、素晴らしい組織になり、心豊かな社会作りに貢献していくだろう……私自身もそのように日々強く意識して実践しております。

 さらに、できるだけ多くの社員とこの精神を共有していきたいと考えております。そのために組織も「逆ピラミッド型」にし、私をいちばん底辺に置きました。やはり最も重要なのはお客様と接点を持っている販売第一線ですから、そこをグループ全体で支え、また、営業担当や店頭のビューティコンサルタント自身が真に全社員から支えられているという自信と誇りを持ち、お客様に奉仕させていただくという形で、お客様の心に入っていきたい……こうした思いをいま、全社に伝えているところです。


≪ 喜んで3Kをやってもらう ≫

??そうした精神で経営をやっておられると、社員との間、また外部との間に確たる信頼関係を築くことができると思います。しかし現在の日本は、国民と政治の間、企業と社員、さらには企業と社会など、縦横さまざまな関係において信頼が薄れてきています。


曽野
 私は日本財団の会長を無給でやっております。この制度は幸いにも前会長の笹川良一さんが決定されていたんです。笹川さんはワンマンと言われた方でしたが、ワンマンとはつまり、よいことも悪いことも自分で責任を引き受ける、しかもそれを無給でやるということでした。トップのこうした姿勢が、あらゆる面での信頼関係につながるのではないでしょうか。ですからその後を受けた私は非常にやりやすくて。会長職を引き受けるにあたっては、当時、評判が悪くて引き受け手がなかったのはご存知でしょうが(笑)、そもそも私自身が無給を条件としておりました。すると幸い「寄附行為」の中に「会長は無給」と謳われていて安心しました。

 と同時に、聖書の中に財団の仕事の該当箇所がちゃんとあることも大きかった。「不正な富を利用して友人を作りなさい」と。これは、富はつねに不正だというのではなく、必ずしも正当なお金ばかりではない。例えば、日銀から1万円札が出ていくと、その途中で怪しい人の手を通ったかもしれない。しかし、あなたのところに来た時に正当に使えばいい。友人を作れとは、賄賂を送れというのではなく、天国に友人を作りなさいということです。

 私がつねに言っているのは、「日本財団は3Kをやりましょう」。かつて“汚い、きつい、危険”の3Kが嫌がられましたが、私の3Kは、手を汚し全身泥まみれになるような“汚い”仕事、マラリア地帯であろうと赴くいささかの“危険”、そして、人に知られず奉仕する“影”であること。この3つをはっきり、強く望んでおります。全スタッフに「感謝して3Kに徹してくださいね」と言っているんです。


池田
 人間はそうしたことをやらなければならない、しかし、やりたいと思ってもなかなかやれない。絶えず失敗したり道を逸れたりします。


≪ 改むるに憚ることなかれ ≫

曽野
 それでいいんです。私自身、自己弁明と言われそうですが、朝令暮改なんです。人間が相手ですから、こうだと思うことをやってみても、よくない時にはいち早くさっさと変える。私は会長として執行権を行使したことがありません。拒否権だけを使います。例えば、「この人が提案してきたこういう事業にお金を出しましょう」と提案されても、拒否することはよくあります。ただし、経済も社会もわからないと自覚しているので、決済前の段階で再び説明を受け、よく聞いて納得がいけば、やってみます。それが自然だと思っています。


池田
 しかし、変えるということにはリスクも困難もあります。


曽野
 会社が大きくていらっしゃるからですね。


池田
 そうは言っても、世紀が変わり価値観が大きく変わっていく中で、会社の仕組みそのものも変えざるをえません。昨年から思いきってあらゆる組織、ルールを変革していますが、その流れの中でもし間違っていれば、再びチェンジしていく、その決意なしに思い切った改革はできないのです。私も朝令暮改になることがあります(笑)。しかしながら、そのリスクより、やはりチャレンジのほうが重要です。となれば、これがうまくいかなければ次の段階で変えればいいではないか、改革期はかくあるべきだと私は思っています。


曽野
 そのためにも拒否権だけは厳重に手放さず発揮しないといけないようです。


??拒否権の尺度はなんですか。


曽野
 こう言ってはなんですが、私は「ミミズの本能」「ネズミの本能」があるんです。ことに海外援助に関しては少し体験もありますし、お金を出した後は必ず現場に赴いて、ミミズのように動き回りネズミのように嗅ぎ回る(笑)。抜き打ちで行って立ち入りを拒否されるような場合は即刻中止しますし、くさい匂いが強烈にする時もやめさせてもらいます。私は国連や赤十字も信頼しておりません。世界中がうちのお金で救えるわけではありませんから、すべて自分で調査できる確実で安全なところに出そうと思ってしまいます。評価会社の調査もフルにかけ、現地に一緒に参ります。嫌なやり方ですけれども……。


池田
 現場主義とはまさにそういうことなんですね。私もそれに徹しているつもりなのですが、いまのお話をうかがっていると、さらに徹すべしとの思いを強くいたしました。


曽野
 私がつねに言うのは「人を見たら泥棒と思ってください。しかし、泥棒も愛さなければならないことを認識してください」。泥棒と思って調査するのですが、どんな時にもその泥棒が生きていかれるように、できれば足を洗って幸せになってくれるようにと。こうした複雑な分裂した感情に耐えられる人間になってもらいたいと思っています。人を見たら善人か悪人かどちらかに決め、それにあてはまらないとうろたえるようでは困る。申し訳ありません、口が悪くて(笑)。


池田
 先生のご意見には、人に対する愛情がつねにあります。


曽野
 私は大統領にはお金を出したくない。現場のいちばん末端で安全にお金を使ってくれるところに出したいのです。難しいことですが……

??大統領といえば、なぜフジモリ前大統領を滞在させているのですか。


曽野
 私は前大統領とお友達になるような状況にはないのですが、始まりは実に単純なことでした。フジモリさんはご存知のように熊本県にルーツを持つ日系人でいらっしゃいますが、他の事業に関しては100%ペルー人、ただし、教育に関してだけは感覚が日本人なんです。教育こそ国家の基本との信念から、熱心に学校設立を推進され、私どももお金をお出しした以上、視察させていただいた。いつも通り私自身が赴き、「民間輸送機関でまいりますからどなたか道案内だけお願いします」と言うと、「あなたたちでは行けませんよ」と笑われる。最寄りの空港へも週1便しかない、しかもそこから小船でアマゾンを遡り、最後はトラックだと。「ですから大統領専用機をお使いください」と、こういうことが何度かありました。たまたま辞職される2時間前にお会いしていたので、私の家に来られるなら、どうぞ、ということになったのです。リマの22人の日本人人質を助けていただいたことに感謝しなければなりません。


池田
 信念に基づかれてのことだろうと拝察しておりましたが、そうですか。


≪ リストラ全盛に異を唱える ≫

??話は変わりますが、女性の社会進出が改めて問題になってきています。ただし、今後、労働力が減少するため、生産性の問題も含めての見直しであったりと、動機がいささか不純とも思えます。その点、資生堂は従来から一貫して、女性の素晴らしい力をもっと発揮せよとの方向でやっておられますね。


池田
 私どもは化粧品会社ですから、お客様のほとんどが女性です。当然、社員も女性が7割超を占めておりますので、女性のみなさんが各々の能力を100%近く発揮してもらわない限り、企業の成長はありません。ところが、これまではともすると組織優先のシステムが確立していたため、1人1人の能力や人間性が十分に発揮しにくい状況があったような気がします。

 そこで私は、社長就任にあたり、リストラ全盛の風潮に異を唱え、いまある力をフルに引き出そう、その力をもって新しい会社作りをしていこう。そのために、環境整備としてとくに販売の第一線にある女性の力を、われわれ男性はもとより、全員で支えていこうではないかと提唱し、先に申し上げた「逆ピラミッド型組織」という形を提示しました。私自身がいちばん下から全力で上を支えていかない限り、社員が使命感を持ち、生きがいを感じて力を発揮することはできない……こうしたチャレンジを、幸いにして今日の社会の変化と軌を一にする形で始めることができた。これがうまく機能すれば、この陣容の中でリストラの必要もなく次のステップに移っていけると考え、努力しております。


曽野
 実は私は主人(作家・三浦朱門氏)と「プロというものは家事より仕事を優先する」という約束をしました。作家は子供が病気だからといって締め切りを遅らせることは許されません。我が家の個人秘書にも同じ約束をしてもらい、結婚し出産したら辞職し、小学校卒業までの最低12年間は存分に母の立場をやってもらった後、完全復職をお願いする。こうして私の場合、3代3人の秘書に勤めてもらい、現在は再就職した初代と2代の分担制です。彼女たちはわが家の悪いところも知り尽くしていますし、プロに徹して復帰してくれました。資生堂さんの場合は出産しても働き続ける環境を整えておられます。


池田
 育児休暇も法律で定められている以上に取得できる制度としています。経験則が必要な職種であり、先生がおっしゃるような再就職制度も検討し、プロとしての復帰にあたってはすべて門戸を開いて迎え入れる形にしたいですね。


≪ 化粧品に携わる人は幸せだ ≫

曽野
 仕事を知り尽くした人が帰ってきてくれればなにより楽でしょう(笑)。女性の雇用に関して資生堂さんが直面する問題などほぼないのではないですか。イスラム圏への出張があれば大変でしょうが(笑)。あそこは本当に女性にとって行動のむずかしいところです。


池田
 雇用は今後さらに男女均等化し同一化していくでしょう。なにより女性が社会参画し活躍している国、身近なところで中国などは魅力的で非常にエネルギーを感じます。また、化粧品業界や流通業界など、女性に消費していただく産業は、トップも含めていっそう女性に活躍していただく必要がある。むしろ当たり前です。そこまで達していないのは社会インフラが未整備で、企業も成熟していない証ではないでしょうか。そのためのインフラ整備が今後の私どもの課題であろうと考えます。さらに、世代を超えて高齢者も社会参画をしていただくため、よりよい環境も作りたいですね。

曽野
 財団の活動で老人ホームもよく訪ねますが、高齢の女性は化粧をなさると本当に元気になられますね。月に一度でも訪問販売なされば素晴らしいのに(笑)。皆様お小遣いに限度がおありになるから、無理に売らないことさえ守れば歓迎されますよ。


池田
 ボランティアで化粧のご指導にはうかがっていますが、いいアイデアをいただいた(笑)。いつまでも美しくありたいと願う人たちにさまざまな形で化粧の機会を提供することが、私どもの社会的使命だと考えております。


曽野
 私はあまりいいお化粧をしませんが(笑)、小説は完全な化粧なんです。事実の中から一片の要素をはぎとり完全に再構成する。同じように人間も再構成しなければいけない。素顔、つまり事実通りでは決して小説になりません。化粧はもちろん、心の持ちようから身のこなしまで、人間の表現や生き方はきちんと意識し再構成されるべきです。私などは、家でだらしなくしていても家族の愛があればいいように思っていましたが、そうではない。聖書における愛の定義のひとつに「愛は不作法をなさず」というのがあります。この不作法は身だしなみの悪さも含むんですって(笑)。愛があるなら家族の前で不格好はならぬとちゃんと書かれていて、反省いたしました。


池田
 となると、化粧は人間形成の基本、愛の根源でもありますね(笑)。化粧品産業に携わるものとしては改めてその喜びを感じます。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation