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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 食品の“ごまかし”?人生の基本原則揺るがす  
コラム名: 透明な歳月の光 40  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/01/10  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   お正月は私にとって怠けのための日々だから、知り合いのマッサージをしてくれる女性に、年明け早々に来てもらう。数年前に全治8カ月もかかった足の骨折の間に、体の節々の淋巴(リンパ)腺が固まってしまったのを、最近になってほどいてもらっているのである。

 「ひどい体ね」

 仲のいいこの女性は治療をしてくれながら言う。

 「こんな体で、よく今まで生きてたと思うよ」

 「私はね、どこもかしこもいいのよ。アタマと器量とスタイルと性格と根性だけは少々問題あるんだけど、それ以外は全部いいんだから。ことに胃腸なんか最高よ。生まれてこの方、食欲をなくしたことないしね。汚いもの食べても平気だし、歯は全部自前よ」

 いくら自己宣伝しても、彼女の眼によると、私は肝臓も胃腸もよくないのだという。

 「だけどここまで大病もせずに生きて来たのは、餌が良かったからだろうね」

 「そうそう。ほんとうに私は餌だけは最高によかったの」

 毎日鰻やステーキを食べて来たのではない。私は田舎育ちの母が作ったつましい食事に馴れて育ち、今では料理をすることが執筆の息抜きだから、ほとんど自分の家で作ったものを食べているのである。

 自分で食事を作っていて困ることはある。ごく普通の醤油の塩が効かなくなって来たことだ。だからほんの少し塩を足すことも多い。味噌は怠け者の奥さん用に不純な「だし入り」も幅を効かせている。塩は一般に嫌われもので、梅干しも薄塩でありさえすればいいらしく、賞味期限つきの梅干しまで出た。さらに気味の悪いのは蜂蜜入りのもので、こんな不純な梅干しは梅干しの恥さらしである。

 その反面、精製しすぎているからだろうか、砂糖は甘くなくなって、私はジャムを作る時のために外国の砂糖を買って来ようかと思うくらいだ。太るのを嫌う人たちが多くなったせいか、洋菓子も甘くないことだけが売り物の、気の抜けたものが増えた。菓子は或る程度しっかりと甘いのが菓子なのだ。それが約束であり、礼儀というものだろう。

 食べ物だけではない。すべて人生のことには、基本原則というものがある。嘘はいけない、盗みは恥だ、というようなことである。それでも人間は、時には嘘をつくだろうが、その時は結果を自分で引き受けるのを承知でつくのだ。盗みは悪いが万引なら軽い盗みだからいい、ということはない。軽くても盗みは盗みとして、人格の基本が揺らいだことを認めねばならない。

 個人がその責任において、基本原則を、犯したり、歪めたり、遵守したり、薄めたり、煮詰めたりして生きる時、初めて人間はその厚みを増す。しかし初めから原則がはっきりせず、結果をごまかせるような生活方法を教えたら、どんな人間が育つのだろうか。
 



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