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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 日常の中の危険  
コラム名: 曽野綾子の楽な地点  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2002/10/22  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 人を疑う基本的保身術 ≫

 国家なら犯罪はおかさないだろう、などと本気で思っている日本人がいて、それで日本軍のしたことをあげつらうのだが、北朝鮮の拉致事件の真相を知るとどの国家も残忍なものである。つまり人間はたやすく集団で理性を失える性格を持っているのだ。それが万人に共通の弱点なのだから、自分だけが例外ではないと覚悟すべきである。

 日本人は「皆いい子」という間違ったことを教えられたから、人を疑うという基本的な保身術を失った。今度、小泉総理が北朝鮮に行って、金正日と儀礼的な食事さえしなかったのは、用心のためだった、という人がいる。盗聴、(判断を狂わせるような)薬物混入、拘束、罠、何が起こるかわからないのが世の中なのだ。もっともこれは思い過ごしで、少ない滞在時間なのだから、事務上、持参の弁当を食べた方が楽で便利だったというのが事実だろう。会見前に8人の死亡を知らされていたりしたら、総理も会食などする気にはならなかっただろうから、それはよかったことのように見える。

 これからは第2、第3の拉致される若者を作らないために、日本の社会も働き、同時に若者にも、人を信用しないで用心することを教えてほしい。

 私が働いている日本財団では、この秋から「海守(うみもり)」という制度を全国的に作るために働く。すべて海と関係のある専門知識を持つ人たちが組織を作って、海上保安庁だけではとてもカバーし切れない、長い日本の海岸線の安全のために、監視の眼を光らせてもらう制度である。私のような素人には漁船に見えても、漁業関係者なら、不審な工作船を漁船と見紛うことはないからである。日本人が、自らの手で、武器など使用せず、英知と気配りで同胞の安全を護るのが最高のやり方である。13歳のバドミントンのラケットを持った子供が、海岸から連れ去られないように、護るのは、同じ日本の大人たちでなければならない。

 同時に、ピストルや刃物を突きつけられもしないのに、どこかの国へ騙されて連れて行かれる、ということのないように、これからは親や先生も厳しい世界の現実を教える力を持たねばならない。なぜ疑わなかったのでしょう、と危険が日常性の中にあることを知っている海外在住の日本人は、誰もが拉致事件を悔しがり、対象のない怒りを覚えている。

 疑ってもなお、用心しつつ、助けるべき人は助けることはできるのだ。理由なく信じることはいいことではない。それは愚かなことである。もっとも詐欺師は、信じるに足ると見える理由を作るものなのだが……。そこで漫画以外の本もたくさん読んで、人を見抜く眼を養う他はないことになる。
 

「海守(うみもり)」について  


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