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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 東アジアの結束?ルック・ネイバーズ  
コラム名: 新地球巷談 13  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/08/26  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   今年、小泉純一郎首相はシンガポールにおけるスピーチで、わが国が「東アジア・コミュニティー」形成に向けて努力することをアジア外交の柱とすると発表しました。東アジアに共同体を形成するという考えは、かつての「大東亜共栄圏」構想の復活のようで、とても日本がイニシアチブを取ることなどできない、というのが今までの日本の姿勢でした。このトラウマから脱却したという意味で小泉スピーチは評価すべきものでした。

 今までの日本は、「日本とアジア」を区別し、福沢諭吉の「脱亜入欧」以来、アジアの一員であるという意識は希薄でした。しかし、欧州連合(EU)や北米自由貿易協定(NAFTA)のように世界のブロック化が進み、東アジアの域内でも東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国の自由貿易協定の実現が期待され、日本は安穏としていては地域統合の動きから取り残されそうな状況です。「アジアの中の日本」という意識をより明確にもたなければならない時代となりました。

 「東アジア・コミュニティー」の実現には、日本人自身がもっとよく東アジアの近隣諸国を知る必要があります。われわれの東アジアについての知識は、専門家はともかく一般には非常に限られたものです。また、隣国をよく知らないというのは、日本に限ったことではありません。日本以外でも、実は同じ東アジアの他の国々をよく知らないのです。これらの国々でも日本と同様、欧米で教育を受けた人々が欧米で得た知識で隣国を理解してきました。

 しかし、欧米の価値観を一律に押し付けるグローバリゼーションの大波や1997年の通貨危機は、これらの人々にも、いままでの欧米主導型の社会システムに疑問を抱かせ、東アジアが1つのコミュニティーとして結束していかなければならないという意識を芽生えさせました。私は、東アジアに「ルック・イースト」でも「ルック・ウエスト」でもない「ルック・ネイバーズ」の時代が来たと考えます。

 私の勤める日本財団は2000年から、「日本財団アジア・フェローシップ」という奨学事業を日本、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイの5カ国で始めました。京都大学東南アジア研究センター、マレーシア国立大学、タイのチュラロンコン大学アジア研究所などの協力を得て、5カ国のメンバーで構成された国際選考委員会が毎年、学者、ジャーナリスト、非政府組織(NGO)リーダー、芸術家など実際の現場で活動する人を対象に各国6人、計30人を選びます。彼らは「ルック・ネイバーズ」を実践するべく、自国以外の4カ国とを1年間自由に往来し、自国が直面する問題の研究調査を通じて他国との共通項を探るとともに、有効な解決策を提示することが期待されています。

 このフェローシップが対象とする人たちを、私たちは「パブリック・インテレクチュアル」とも呼んでいます。強いて和訳すれば、「公的知識人」とでもなるのでしょうか。「自分の持つ専門的知識と経験を世のために具体的な活動として表現できる人」です。

 例えば、グローバリゼーションがイスラム教、仏教、キリスト教などにどのような影響を与えているかを各国で研究しているタイの仏教僧、人々の帰属意識の形成に映画がどのような役割を果たしているかを探るフィリピンの映像作家、アジアの移民労働者の間に蔓延するエイズ問題の調査とその解決方法を模索するインドネシアのNGO活動家、アジアで起こりつつある中央集権から地方分権への動きを追う日本人研究者などです。彼らは、各国で同様な活動をしている人々と緊密で継続的な協力ネットワークを構築することも期待されています。

 当初、「アジアの人がアジアを学ぶ」という地道な活動にどれほどの反応があるか心配していましたが、毎回200人近い応募があり関心の高さに驚いています。10年後、彼らが1000人の集団となり「東アジア・コミュニティー」形成のための核として、確かな力となることは疑いありません。
 

「日本財団アジア・フェローシップ」について  


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