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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 運命の受諾?不幸の中から希望を見いだす  
コラム名: 透明な歳月の光 18  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/08/02  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   10年以上も前、エジプトの発掘現場にいた時、付近に「ポーランド隊がいる」という話を耳にした。失礼な意味ではないのだが、発掘などというものは、一種の旦那芸である。国家的にも経済的にもいささかの余裕のある国か組織がやるものだ、と私のような素人は考えていたのである。

 長い社会主義の歴史の中で、自由主義経済の出発にも後れを取ったポーランドが、何で遺跡で仕事をしているのかと聞くと、壊れた遺跡の修復技術においては、ポーランド人学者や技術者たちは特殊技能を持っているのだという。それは空襲で徹底して都市と建物を壊されたポーランドが、その再建のための苦労をなめなければならなかった過程で得られた技術であった。

 私はそのことを、人間の運命の受諾の1つの形として、尊敬と共に記憶した。

 イスラエルとパレスチナとの間の泥沼の戦いは、新たな「戦争医」を生み出したという最近の通信社記事も、私は一種の感動を持って読んだ。

 イスラエルとパレスチナの医師たちは、歓迎されない多くの体験から、新たな外傷の処置の方法を開発した。彼らは、21カ月もの間、外傷の手当てだけに追われて来たのである。

 極く最近までに、イスラエル側では564人、パレスチナ側では1743人が殺され、負傷者は数千人にのぼった。紛争は、自爆テロと銃撃による死者と負傷者を生み、医師たちは新たな症状を学ぶことになった。それが戦争医だ。

 自爆テロによって破壊されたバスの負傷者がハダサの病院に担ぎ込まれると、怪我人の状態は一見平静に見えた。しかしイスラエルの医師たちは、人工呼吸器とチェスト・チューブをつけて、経過を見る。3時間後に、X線写真が片方の肺からの激しい出血の徴候を見せるが、その時既に呼吸と出血に対する手当てはできているというわけなのだ。

 イスラエルの医師たちは、テロの爆発時に負傷者を襲う衝撃波が、外面には何の傷も残さず、複数の内臓破裂を引き起こす症例と闘った。ユダヤ教徒は宗教上の理由で死後素早く埋葬されねばならなかったから、死亡診断も手早く行われる必要があった。

 一方、パレスチナの医師たちは、医学部で学んだ専門が何であれ、傷口から弾を除去する方法に熟達した。パレスチナの保健省は、2000年9月の事件以来、小児科医にも弾を抜く技術を訓練した。しかもそうした治療は電気が停電し、他の医薬品も不足している中でどうしたら可能かという一種のノウハウにまでなった。

 なぜか哀しい物語だが、私は好きな話だ。人は、政治家でもない限り、与えられた状況の中で生きるのだ。ポーランドの技師たちも、イスラエルとパレスチナの医師たちも、不幸の中から希望を構築する技術を学ぶ他はなかったのである。
 



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