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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 知事選?長野県民の探究心見極めたい  
コラム名: 透明な歳月の光 16  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/07/19  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   長野の田中康夫知事が県議会から不信任を突きつけられて失職し、再び知事選に打って出るという政治ドラマはどう発展するかわからないのだが、私は長野県という土地にこういう事態が起きたことは、実にいいことだったと考えている。

 結論を言ってしまえば、私は人気絶頂の知事が、(人気絶頂なのだから)そのままなんらかの形で続投し、思いのまま知事の仕事を続けるとどうなるかを見ることこそ、意味があるように思える。反対派は決して納得しないだろうが、そこは「遠見の見物」なのである。

 お世辞ではないが、長野県という土地は私の中で一種特別な県として認識されていた。皆がよくお勉強をする。商売よりも知識を尊重する。そういう土地だと思っているのである。

 昔、長野県の或る土地で講演をした。私はアメリカの黒人作家についてふれ、彼の自伝的作品の中のエピソードの1つを紹介し、「この話は、彼の××という作品の中に出ています」と何気なく言ったのである。すると1カ月ほど後に、私は見知らぬ人から穏やかな抗議の手紙を受けた。「あなたが言った本を読んでみましたが、その話は出ていませんでした」

 この執念深い探究心こそが長野県民の真骨頂だったのだ。言い訳をすれば、エピソードは同じ作家の、もう1つ別の長編の方にあったのを、私が間違って記憶していたのである。

 「まあ、ああいう県には講演に行かん方が無難だねえ」と注意してくれた人がまた、長野県出身の大文化人であった。

 私が意外だったのは、これほどの読書県として名を売り知識人も数多くいるはずなのに、田中知事以外の知識人候補者を、誰一人としてすぐには思いつかなかったことだ。長野県には田中康夫氏以外のインテリはいない、ということなのか。言葉を変えて言えば田中康夫氏だけが長野県を代表する顔だったのだろうか。

 過去に圧倒的人気を得て知事の座に着いた人はすぐに思い当たる。大阪の横山ノック氏は162万票、東京の青島幸男氏は170万票をそれぞれ獲得して当選した。当たり前の話だが、それだけの数の人々が、1票を投じたからこそ彼らは当選したのである。しかし奇妙なことに、投票した有権者たちは自分の票の結果について、ほとんど何も責任を感じていないらしい。ノック氏叩きが始まった頃、私は162万人のノック氏に投票した人たちは、責任を感じているのだろうか、と不思議に思ったものである。

 今度の選挙では、誰が知事に選ばれるかということより、勉強好きの長野県民の意識が果たしてどういうものであったか、ということを見極める楽しみの方が、私には強い。
 



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