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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: お国柄?ゴタゴタや失敗はつきもの  
コラム名: 透明な歳月の光 8  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/05/24  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ワールドカップで来日するセネガル・チームを引き受け、その歓迎式典やら、選手受け入れの準備を進めていた藤枝市のスポーツ振興課長が、自宅で自殺しているのが発見された。来日時が変更になったり、荷物が着かなかったり、大変だったとニュースは伝えた。

 そのように苦労を評価した方がいいのか、それとも1人の人の死の背後には長い間の歴史が積み重なっているのだから、わからないと思う方が礼儀なのか。私はむしろそちらを取りたいのだが、ただ多分、そのかたが誠実な性格であったことはまちがいないだろう。

 少なくとも、その死因の「憶測」は、マスコミを含めた日本社会が、選手受け入れは予定通りきちんと行われて当然だ、と予測しているところにできた。そういう常識がまことに困るのである。

 私はアフリカ諸国や南米の国々の飛行場で、チェックインした自分の荷物が出て来ると、バンザイをしたくなる。必要なものは、紛失を予測してすべて手荷物に入れてあるのだが、それでも預けた荷物がその場で手に入れば嬉しい。アメリカに住む人などは、荷物が出て来るのは当たり前だと思っているが、出てこないことはよくあるのだから、私は先進国人の思いつかない幸福を味わっているわけだ。

 途上国だけではない。

 ヨーロッパの主な空港でも、別の飛行機会社に乗り換える時には、荷物のタッグだけを信用して預けっぱなしにするわけにはいかない。一度乗り換え地点で自分で受け取り、改めて次の航空会社の窓口まで持って行って預けなおす。私が勤める財団が企画する旅のグループが、巨大なフランクフルト飛行場などで乗り換えする時には、荷物の個数も多いからこの作業は息の切れる労作になるが、私は世界の組織を疑うことと、以後の予定を狂わせないために、積み替えをしてもらう。

 人と組織を信用しない、という訓練が、日本人には欠けている。それが外交にも、国防の基本姿勢にも現れている。

 選手団がすべて予定通りに来る、などということの方があり得ないだろう。旅費を使い込んだ役員が出たり、前日になってパスポートをヤギに食べられてしまった選手がいたり、急にかわいがっている弟を連れて来たくなった選手がいたとしてもなんら不思議はない。こういう人間性を、O・ヘンリーやサマセット・モームが名短編に書くのだが、今の人は文学を読まないから人間理解もひ弱になっている。

 選手が生きて帰れば大成功。たかがサッカーだ。国民全部が夢中だと決め込むマスコミが「開催まで後何日!」式の報道をするのにうんざりして、興味のない人たちは一刻も早くこの災難の時期が過ぎるのを待っている。せめてゴタゴタや失敗はつきもの、とお国柄を楽しむ訓練を若い人々にしてほしい。
 



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