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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: いい女?生活し学んだ匂いが魅力に  
コラム名: 透明な歳月の光 1  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2002/04/05  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   60歳になったのを記念して同級生で韓国へ旅行した時、私の感慨は「ああ、皆いい女になった」ということだった。私たちは小学校から大学までいっしょだった友達が多いので、その間の歳月が人にもたらした微妙な成熟がよくわかるのである。

 皆年を取り、いささかの病気のある人もおり、皺もしみも増えた。しかし誰もが自分の個性と立場を失わず、忍耐と許しを知り、受けたものと失ったものをしっかりと胸に受け止めた人になっていた。今は「いい女になった」と言ってはいけない、「いい女性になった」と言うべきだと言われそうだが、こういう場合の日本語はやはり迫力と優しさを思わせる「いい女」でなければならないのである。

 それに比べて最近電車に乗ると、立っていても座っていても一斉に手の中のケータイを眺めている人たちが多い。ヘロインやコカインの中毒を取り締まるなら、あの光景も人格崩壊の兆しとして、社会が大きく警鐘を鳴らしていいのではないか。私には、あのケータイ族は一種の麻薬中毒患者のように見える。理由は簡単だ。片時も手放せなかったり、諦められなかったりするものがあるということは、中毒症状なのである。

 パソコンやテレビゲームを日に1時間以上する子供は、立ちくらみや動悸を訴える割合が増えるということが日本学校保健会の調査で明らかになり、文部科学省の学生生活調査で、昼間の大学学部学生の生活費の平均が初めて年200万円を超えたのは、学費の値上がりとケータイやパソコンでのインターネット接続の費用がかさんだからだ、という。

 いい女でもいい男でもいい、その人が輝いて見えるためには、その人がじかに実人生とも知識とも対決して来ていなければならない。つまりすべての人間は「生活し、学んで来た」という匂いが濃厚でなければ魅力的でない。最近しきりに、野菜には有機肥料が必要だと言われるが、人間の育成はケータイによる友情、パソコンによる知識の吸収、という無機肥料だけで可能だと思っているらしい。

 私は一度山で、自然の山芋を掘る体験を見せてもらったことがある。体験をした、と言いたいところだけれど、斜面に生えた山芋は曲がった細い杖のような姿で、それを折らずに掘り取る技術と体力と忍耐心は、山で鍛えた人だけのものである。

 「山芋掘ったら人生わかる」と山の仲間の1人が笑った。今はそれと全く反対の要素を備えた教育と生活ばかり許している。文部科学省も、学校当局も、親も、こうした偏頗な人間のもろさと不気味さを本当に知らないから積極的に手を打たない。これも外務省並の無責任と言われる日がやがてやって来るだろう。
 



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