共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ガソリン容器?使えそうなものは必ずなくなる  
コラム名: 自分の顔相手の顔 512  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2002/03/13  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   「武富士」という金融業の店に闖入した男が「金を出せ」と言って店員を脅し、断られるとガソリンを撒いて火をつけた。その火事で、5人もの人たちが死んだ痛ましい事件があった。

 その犯人が捕まった。タクシーの運転手でサラ金に借金があったという。犯行に使ったガソリンを入れて来た容器は、帰り道で車から投げ捨てた。テレビでは、警察が道路沿いの薮を探して容器を発見しようとしている光景が写し出されたが、その時は発見はできなかった。

 もちろん警察としては、証拠物件として容器を探す必要はあったのだが、私は数ヵ月もの間、容器がそこに捨てられたままになっているかもしれない、と考える日本の常識に軽い衝撃を覚えたのである。

 貧しい国では、どんなくだらないものでも誰かがすぐ拾う。自分の家で使うことも売ることもできないと思われるものでも、とにかく拾っておく。南米のブラジルでは、貧しい掘っ建て小屋に住む主婦が、彼女の小屋の一隅に、畳半畳はありそうな巨大な古いシャンデリアをおいているのを見た。飾りのガラスは壊れてなくなり、金属の部分は錆びてどうしようもないしろものである。しかしそれでも、少し知恵遅れと思われるその家の主婦はそれを拾って来て、いつか何かになるかもしれない、と考えていたのである。

 アフリカのルワンダでは、1994年の虐殺の時、襲われた教会堂がそのままの姿で残っていた。カトリック教会に逃げ込んだツチ族の村人たちを、フツ族の民兵たちが機関銃で撃ち殺し、ガソリンをかけて焼いたのである。

 中は悲惨な混乱をそのまま残していた。焼けかけの蒲団やマットレス、折れたスプーンや割れたプラスチックの食器、古靴などと共に、手足の骨も頭蓋骨もいくつかはそのままになっていた。同行のカメラマンは撮影の後で、頭蓋骨はやらせでそこに移したのではない、自分は手も触れていませんと語った。

 今でもよく覚えているが、私はそこで1つのポリタンを拾って子細に見たのである。一見まだ使えそうなポリタンだったが、果たして機関銃の弾痕で穴が開いていた。使えるものなら、たとえ死臭の中にあったものでも、人々はさっさと取って行く。残されたものは厳密に使えないものだけなのである。

 しかし日本人は、まだ充分使える容器が、数ヵ月経っても現場にあるだろうと期待する。それほど日本人は貧しい人々の発想とは無縁に暮らしているのである。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation