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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 海のマンション?一生楽しめればいいのだが  
コラム名: 自分の顔相手の顔 509  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2002/03/05  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   夢のようなぜいたくな話は、時々は夢中になって聞くのだが、最近、私は1枚の新聞記事に釘付けになった。4万4500トン、総工費2億6600万ドル(約353億7000万円)の「ザ・ワールド(世界号)」という船が3月6日にオスロを出港する。

 この船は、動くマンション、旅するコンドミニアム、なのである。一戸当たりのお値段は200万ドル(2億6600万円)から最高の680万ドル(9億400万円)で、最高級の部屋は3230平方フィート(約398平方メートル)の面積がある。地上のマンションにしても裏華なもので、ベッドルームは3つ、テラスにはジャグジーのお風呂があって、或る時はリオデジャネイロの、或る時はヴェニスの港を眺められる。各地の夕陽もさぞかし美しいだろう、とこれは本気で羨ましい。こうしたフラットが110戸もあるのだそうだ。

 世界でもっとも金持ちだと思われる分譲船室の購入者たちの平均年齢は55歳。航海をしていても衛星通信でビジネスを続けようという人たちである。4割の客がアメリカ人、残りがヨーロッパ人と他の地域の人々である。

 豪華ホテル並みの広々とした室内、きれいな家具調度、炊事や掃除や洗准や植木の世話などから解放されることに私は羨ましさを覚えるが、金持ちはもっと考えることが偉い。つまりこの船で公海を航海していれば、どこの国の納税義務も発生しない、という発想があるらしい。イギリスでは、1年の半分を外国で暮らせばその間に発生した収入に対する税金が安くなる、という特典が現実にあるそうだが、船会社は税金に関する問題をビジネスの売り物にする気はないと言っている。しかし風評にせよ、分譲船室を買って船で暮らせば税金を逃れられるという意図が視野の中に入れられた、これが最初の海のマンションの売出しなのだという。

 カジノ、ほんものの芝生の植えられたゴルフの設備、テニスコートもある。今年の奇港地は、ニューヨーク、アゾレス、バルセローナ、ヴェニス、アカプルコ、ハワイ。それらの土地ではおいしい料理もあるだろう、とこれもかなり羨ましい。しかし同じ客とだけ顔を合わせ、絶えず足元が微かにではあろうが揺れている暮し、というものは、一生楽しむどころか、まもなく飽きがくるだろう、と私には思えるのである。
 



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