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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: ポンペイ島で思ったこと(上)  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2002/02/12  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
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「雨」と「緑」と、「暑さ」と「倦怠」
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≪ 「色のない島」の疑似体験 ≫

 ミクロネシア連邦の首都の所在地ポンペイ島は、火山島だった。切り立った山々が、天に延びて、その頂きは雲にかくれて見えない。山の険しい斜面は、濃い緑の雨林に覆われ、その割れ目には、急流や滝がいくつもあり、激しく落下している。ここは、南洋によくある島々のように、平らではないし、砂浜も見当たらない。海に切り立つ断崖から、斜めにのびる椰子の木がなかったら、どこか北国の深山が海中から、にわかに出現したのではないか??そんな錯覚に陥る南太平洋の島であった。

 実はこの光景は、この島からの帰路、飛行機から見たもので、往路は夜間飛行だった。この島に着いたのは、夜中で島の輪郭も定かではなかった。この島へやってきたのは、米領のグアム島からであった。2001年12月3日午前零時10分MIKE(コンチネンタル・ミクロネシア航空)は、トラック島経由で空港のあるソーケンズ島に着いた。そのころから暗闇の中を、橋らしいものを渡って、ポンペイ島の繁華街といわれるコロニア(ここも真暗闇)を通り抜け、予約しておいたVillarge Hotelに入った。

 たまたま部屋が、一時停電であった。星が明るい。南十字星はないが、シリウスや北斗七星は見える。あたりのシルエットは、暗闇の中で色がない。白黒TVのようだ。ポンペイを訪れるに当たって、私は1冊の本を読んだ。英国人の脳神経科医でオリヴァー・サックスという人が書いた『色のない島へ』(早川書房刊・原題はThe Island of Color Blind)だ。

 この島から300キロほど離れたところにピンケラップ島というサンゴ礁がある。千年前から人が住み、現在も人口700人ほどだが、住民のうち12人に1人は、全色盲だというレポートとその探訪記だ。人々が地理的に隔離された孤島では、1人でも病的な遺伝子をもつ人が発生すると、子孫代々、そういう遺伝子をもった人同士が結婚する確率が高い。そうなるといわゆる劣性遺伝病が発生する。網膜視細胞の欠陥である全色盲もそのひとつだ。サックス医師によると、全色盲の島民たちは、あたりの景色が全く色がない、つまり白黒TVのように見えるのだという。

「孤島には、不思議なことがあるもんだ」と思いつつ、この島にやってきた。停電中だが、黒白だけははっきり見えるこの島での私の初体験??。多分それは全色盲の人々が日常見ている光景に近いのではないか。それが、私のこの島との出会いであった。目をこらして見ると、ベッドを白い蚊帳が覆っていた。「Geckoよけにもなるので、Mosquito Netがついている」。遅い到着を迎えてくれたホテルのフロントがそう言っていた。「Mosquito Net?」一瞬、何かと思ったが、何のことはない。考えてみれば蚊帳である。電灯に光が戻ったら、天井にGecko(守宮・やもり)が、張り付いていた。

 風はそよとも吹かない。部屋には冷房がない。蚊帳の中の空気が重く感ずる。気温は27度、それほどではないのだが、湿気がすごい。おそらく湿度は90%はある。眠れぬままに旅行案内書、『ミクロネシア・ハンドブック』を開く。「ホノルルとマニラの中間にあり。19×23キロの島なり。海から熱帯雨林が急勾配を上がり、“大山”(標高727メートル)と“巨人の歯の山”に至る。ポンペイ島は、世界有数の湿気の多いところ。山の雨量は年間で約1万ミリ」とあった。

 1年に1万ミリ雨が降るということは、降り積もった雨を、筒に入れて貯めたら、高さ10メートルもの水柱が立つ。琵琶湖の半分ほどの小島なのだが、緑がよく育つわけだ。翌朝、このレストランの中で一番、風通しがよいからと勧められたテラスのテーブルで、1人で納得したのである。

 朝食メニューに「Romen with egg」とある。お値段は3ドル50セント、早速、それを頼んだら、目玉焼の片目と、ニンジンとピーマンの千切り入りの、カップラーメンが出てきたのにはびっくり。ラーメンの熱気を体内に摂取したせいか朝からやたら蒸し暑い。ホテルの飼い犬が、ぐったりと私の足元で寝そべっている。

≪ アイルランドの入墨男とヘーゼル神父 ≫

「どうしてそんなに蒸し暑いのか? ですって。それは、赤道に沿って西から東に吹く貿易風が、このあたりの上空に来ると死んでしまうからだよ。そこが、同じ太平洋の熱帯の島でも、さわやかで過ごしやすいハワイとは違うところさ」この島のイエズス会のフランシス・へーゼル神父がそう教えてくれた。私が、わざわざポンペイにやってきたわけは、この人に会うためだった。イエズス会は、この島に農水産業の職業訓練学校と市民教育のセンターを持っている。私が運営委員をやっている笹川島嶼国基金は、このプロジェクトに若干の財政援助をしており、事業評価を兼ねて、島を訪問したのだ。

 へーゼル神父は、61歳、米国のボルティモアの神学校を出て布教のために島に住み25年経つ。島の名士でもある。この島に最初に住んだ白人は、アイルランド人の船乗りジェイムス・オコンネルという男だったという。1830年、彼の船が難破、イカダでこの島にたどり着いた。当時、この島の文明は、“新石器時代”のそれであり、島民は人食い人種であったという。オコンネルは、危うく食べられそうになったが、アイリッシュ・ジグという滑稽な踊りを披露し島民の関心を集めることに成功、難を逃がれた。その代わり若い娘たちに身体中に入れ墨をほどこされる儀式の実験台にされたが、苦痛に耐えた。これが酋長のお眼鏡にかない、彼の娘と結婚したとのこと。私が持参した英語の旅行案内書、『地球1人歩き』の「MICORNESIA編」から仕入れた「アイルランドの入れ墨男」の伝説だ。

 この話、船乗りのホラではないかと思ったが、「彼がポンペイ社会を詳細に記録、簡単なポンペイ語・英語辞典を作ったのは事実だ」。へーゼル神父はそういう。後刻、気がついたのだが、この旅行案内書の表紙は、私が、カップヌードルの朝食をとった前出の“ポンペイで最も涼しい場所”のカラー写真だった。そしてこの本の第1ページの著者の前書きの冒頭には、なんと「本書作成にあたりFrancis X Hezelに、特別の謝意を表す」と書かれていたのではないか。

 私もこのエッセイを書くにあたって、彼から有益な話を沢山聞かせてもらった。この随筆の副題は、「雨」と「緑」と、「暑さ」と「倦怠」である。前の3つについては触れた。残るは「倦怠」だ。

「とにかく働きませんよ。ミクロネシア人は…。アメリカ人がスポイル(甘やかす)しているから」。これは、ホテルのレストランで知り合ったハワイ在住の日系米人三世の環境学者のポンペイ人批判だ。私もそう思う。やる気がなさそうに見える。


≪ 「この次は、何人になればいいんだい?」 ≫

「そのくせ、この島の男たちは政治好きなんだ。狭い島はどこでもそうだけどね。酒を飲んで好んで寄り合いをやる。その時、候補者はいろいろ約束する。当選したら、お返しする。だからいつも汚職だらけ。知事のLmpeachment(弾劾裁判)が、いつも新聞記事になる」とヘイゼル神父。この島に「近代」がやってきたのは、19世紀の中葉だ。それまでは、酋長をリーダーとする首長制社会だった。しかし、それなりに平和があり、幸せがあり、そして彼らが誇り得る文化があった。

 それが1886年のスペイン統治にはじまり、ドイツ、日本、そして1945年から米国の信託統治ののち、86年ミクロネシア連邦の1つの州として独立した。独立したもののミクロネシア連邦の財政は、米国に大きく依存している。米国は「自由のための提携契約」で、年間6100万ドルの贈与と1300万ドルの貸付を今後15年間続けることを保証した。この島は何で食べているのか。第1は政府の役人の収入、第2は政府の公共事業。この2つは、元をただせばアメリカのカネだ。第3はハワイやアメリカ本土に出稼ぎに行った人の送金。そして第4が、観光とわずかな農漁業だ。

 米国丸抱えの経済から卒業する見込みはなく、島の将来像も全く見えてこない。島の知識人たちは、ミクロネシア人とはいったい何なのか。ポンペイ人である自分とは何かをめぐって、主体としての存在の危機(Identity Crisis)に陥っている。この島でジョークを聞いた。「昔はスペイン人になるように、ドイツ人になるように、そのあと日本人になるように、そして今では、アメリカ人になるように…。この次は、いったい何人になればいいんだ」

 植民地支配、島の文化の破壊のあと、いまだに続く、島のもつ個性と、近代化とのミスマッチングをついた怖いジョークではないか。ちなみに「倦怠」とは、疲れてだるい肉体の状況を指すだけではない。「あきあきする」「いやになって怠ける」という精神の無力感を表現する言葉でもある。
 

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