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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ふつうの行為  
コラム名: 曽野綾子の楽な地点  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2002/02/12  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 「きりしま」は指令を受けて現場に向かった ≫

 東シナ海に現れた不審船の事件からしばらくして、私は巡視船「きりしま」船長の堤正己氏から1通の手紙を受け取った。

 第十管区海上保安部の封筒に入った半ば公的な手紙である。

 苛酷な任務を果たして帰還した「きりしま」の乗組員に、私の働く日本財団から、無事に任務を果たして基地に戻られたことをお祝いする気持ちとして、ほんの数本のお酒をお届けした。手紙はそのささやかなお祝いに対するお礼状である。

 贈り物は、皆さんで飲んで頂けるということだけが目的の心ばかりのものである。私としては他に心を示しようがない。死亡者が出るような事態にだけはならなくてほんとうにほっとしました、という思いだけであった。

 保安庁の仕事は海のパトロールであり、いざ緊急事態になると海のお巡りさんの任務を要求されることが今度の事件で誰にもよくわかった。ただ陸上の警察の働きは私たちの眼に触れやすいが、海のお巡りさんの活動は、一般市民に見えない遠い海のかなたである。

 今度の事件で、この「きりしま」は、1月22日0200に出動の指令を受けて現場に向かった。緊張の時間が過ぎて、現場離脱の許可を受け、鹿児島港に帰港したのが24日0900だというから、丸2日以上ほとんど寝ずに行動しその間に銃撃も受けたのである。しかしすべて任務なのだ、と誰もが自覚していただろう。

 私が印象深かったのは、堤船長の手紙の中の一節であった。

 「『やらなければならないことは、なるべく普通にやれる男たち』を目指して精進して参ります」

 という言葉である。

 人は誰にもやらなければならないことがある。最近はしたいことしかしない、それが自由だ、とうそぶいている若者たちが増えているというが、それは世間を知らない子供の判断である。

 「したいことをするのが自由ではない。人間としてすべきことをするのが自由なのです」

 と以前1人のインド人の神父がはっきりと言ったことがある。

 しかもすべきことを、気張ってやるのではなく、普通にさりげなくする、というのが、私は好きである。すべきことをしただけでそれを吹聴したり、一々褒められることを期待するのは、幼稚というものだ。私もどんなことでも普通にする人間でいたい。

 すべきことをした人に外部の者は深い感謝を忘れず、一方すべきことをした人は「なあに当然のことです」と淡々としている、という姿は、この上なく端正で美しい。こういう人間関係が社会に行き渡ったら、多分平和で骨格の正しい国家ができるのである。
 



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