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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 会話?黙りこくる日本の大人たち  
コラム名: 自分の顔相手の顔 493  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 2001/12/19  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日アメリカヘ行った時、シアトルの町を幼なじみの友人と歩いていると、彼女が「あの店に入ってみない?」と言う。

「どういう店なの?」

 とアメリカおのぼりの私が聞くと、

「うんと収入の少ない人が衣類を買う時の店」

 と教えてくれた。

 中は飾りも何もない広間だが、サイズ別に8号、10号、というふうに分けてあって、そこにあらゆる衣類がぶら下げてある。セーター、ブラウス、寝間着、タンクトップなど、何でも揃う。

 深い緑色のセーターは12ドル99セント(約1560円)、ネグリジェも同じ値段。この安いセーターがどれぐらい保つものか興味があったし、寒がりの私はネグリジエの暖かそうなのにはいつも眼が行く。2枚を持ってレジに並んでいると、前にいた大きな男の人がにっこり笑いながら私の買い物を見て、「きれいなのを買いましたね」と言った。何のことはない会話である。でもこう言われたら、いい買い物をしたような気にもなるだろう。

 どうでもいい話だけれど、この2枚は家に持って帰ってすぐ洗って見た。どちらも埃まみれのような気がしたからである。するとそれほど汚れてもいなかったし、セーターの方は立派に洗濯機の洗いに耐えた。きちんと形を整えてネットで干し上げた日に孫がやって来たので「安売りの店で買ったのよ」と見せると、奇妙に気にいったらしく、持って行ってしまった。

 安物買いの話をしようと思ったのではない。会話の話がしたかったのである。

 東京の聖路加国際病院というところには、かつて私も足を折って入院していたし、知人が最近までいたので、よく見舞いに行っていた。ここには見知らぬ人との間にも会話がある。エレベーターに乗ろうとして走って来る見舞い客のために「開」のボタンを押していてあげれば、入って来た人が「ありがとうございました」と礼を言うし、レントゲン室の近くでうろうろしていると「どこへいらっしゃいます?」と声をかけてくれる。ボランティアの女性がいるのである。

 1人が「お早うございます」と言う空気を作れば、たいていの人がそれに答えるようになるものだ。しかし日本の幼稚な教育は、人を疑うことも知らないで莫大なODAの金を出す政治家や、他人は全部誘拐犯かとばかり黙りこくる子供っぽい大人ばかりを作ったのである。教師たちの多くが、人間らしい会話が下手なのである。
 



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