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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: ディベートの効用  
コラム名: 曽野綾子の楽な地点  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2002/01/01  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 何となく悪趣味だが…… ≫

 私はアメリカ人が好きだというディベートというものが嫌いだった。ディベートとは何かと字引きを引いてみると、「相手を打ち負かそうと公式の場で討論すること」だという。

 アメリカは多民族国家で民主主義国家なのだから、誰の意見が正当か、衆人環視の中で皆に確認させておくことが必要なのだろう。そのためには確かに公開討論が必要だ。

 私が働いている日本財団でも、若者たちのディベートの企画などにお金を出して励している。しかし私自身はディベートなどまっぴらだ。この頃うちでも衛星テレビの番組が入るので、アメリカのテレビ局でディベートをしているのを見ることがあるが、感覚的に違うので驚いている。私は自分と違った物の考え方をする人の書いたものを、わりとよく読む方だと思うが、違う考え方の欠点を衝いて、相手の考え方を変えさせようなどとはあまり考えない。

 たとえばキリスト教を知らない人が、キリスト教徒はこうだ、などと決めつけているのを聞くと「知らないことは黙っていればいいのに」と思ってちょっと訂正することはあるけれど、普通の場合は、おもしろがって、黙って聞いておく。

 第一の理由は、多くの場合、私の方にディベートをするだけの知識がないからだが、あってもディベートをするとくたびれるし、何となく「悪趣味だなあ」と思うからである。ディベートで勝ったら気持ちがいいとしたら、ずいぶん精神の幼い人だと思う。その点私はむしろアラブ人の「勝者もなく敗者もなく」という決着のつけ方の方がずっと大人だと思う。

 久しぶりにアメリカに来てテレビを見ていたら真珠湾攻撃の記録映画をやっていて、日木のことを「敵」と呼んでいる。私は幼稚だから瞬間的にこんな無礼な国に同調するようなことは一切無用だ!などと思うのだ。それというのも夕飯にホテルの食堂で食べた料理の、量ばかり多くて私の作る料理よりはるかに下手くそなのに腹を立てていた余波なのだろうと思う。イギリスでさえ最近は料理がうまくなって来たのに、アメリカ人の味音痴とアメリカ料理のまずさは、やはり世界で有数だと思う。

 ところがテレビには、真珠湾攻撃に加わった日本の旧軍人の人も現れて、おっとりした微笑を浮かべながら、「私の行った攻撃が命中して、実に気分がよかったです」と言っている。それが少しも好戦的には聞こえず、只、非常に正直に聞こえたのだ。

 「敵」と言われたら、「命中して気分がよかった」と言い返す。これで初めて、どちらも卑屈にならす、ディベート的空気になれるのを私は教えられたのである。
 



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