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著者: 山田 吉彦  
記事タイトル: 「カラカタ号」海賊事件  
コラム名: マラッカ海峡の町から 第7回  
出版物名: 海上の友  
出版社名: (財)日本海事広報協会  
発行日: 2001/08/21  
※この記事は、著者と日本海事広報協会の許諾を得て転載したものです。
日本海事広報協会に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど日本海事広報協会の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  海賊対策の基本は見張りをつけ警戒を怠らないことだ

≪ カムリンの海賊 ≫

 月明かりが穏やかな海面を青白く照らしていた。波もうねりもない静かな海原を、十数人の男を乗せた小型の漁船が静かに進んでいた。

 マラッカ海峡内の漁船にしては船員が多すぎる。それに小さな船体に2発の船外機は不似合いだ。

 「そろそろ夜が明けるな。今日は手仕舞いにしておくか」

 屈強そうな体躯の初老の男が、誰とはなしに声をかけた。

 「かしら、あそこに小汚い貨物船が見えますが、燃料代ぐらい稼いでいきますか」

 船首に片膝をついてしゃがんでいた若い男が、はるか先を指差して言った。

 「中国船かな。今時、見張りもつけずにこの海峡の夜を越そうなんて。いい度胸なのか、阿呆なのか。さあ、野郎ども支度にかかれ」

 漁船は、全速力で灰色の船体の貨物船に追いつき、男たちは、瞬く間に船尾からデッキに上がりこんだ。

 貨物船に乗り込んだ男たちは、総勢13人。手に手に蛮刀やバタフライナイフを握っていた。身軽な動作で船内を走り回り、貨物船のブリッジに侵入し、船を制圧。

 船長のわき腹にナイフを突きつけ、貨物船の乗組員全員を縛り上げるまで、10分とはかからなかった。


≪ 獲物は、政府船 ≫

 2001年7月13日午前3時30分ごろ、マラッカ海峡内カリムン島沖でインドネシア政府の航路標識敷設船(設標船)「カラカタ号」(569総トン)が海賊に襲われる事件が発生した。カリムン島は、シンガポールの西50kmほどの所にある。この島の周辺は、小島が点在する航行の難所である。

 海賊たちが、中国の貨物船だと思った船は、実は、インドネシア海運総局の設標船「カラカタ号」だった。船体の傷みが激しい「カラカタ号」は、急場しのぎに、灰色のペンキで上塗りをし、船尾の船名も消したままだった。

 本来の「カラカタ号」の色は、青と白であるが、今年は船体を塗りかえるだけの予算が確保できなかった。

 「カラカタ号」は、スマトラ島中部のドマイ港をベースとしている設標船で、海峡内の航路標識のメンテナンス作業を主な任務としている。

 今回の航海は、航路標識の定期点検のためにインドネシアを訪れたマラッカ海峡協議会の職員および航路標識の専門家をバタム島に迎えに行く途中だった。

 政情不安が長期化しているインドネシアでは、治安機構も機能していないのであろうか、まさか、政府の船までが海賊に襲われるとは……。

 船長は、「カラカタ号」が政府の船であることを告げたが、海賊たちは意に介せず、GPSと通信機、そして船員たちの持ち合わせた現金を奪い逃走。しかし、さすがに、政府船のクルー。自力で縄をほどき、舵を取っていて最後に逃げようとした男を1人取り押さえることに成功した。海賊たちは、仲間を1人置き去りにカリムン島の方向に逃げて行った。


≪ 置き去りにされた海賊 ≫

 「カラカタ号」は、カリムン島に立ち寄り、ハーバーポリスにこの海賊を引き渡した。取り残された海賊の自供により、仲間5人を逮捕することができたが、他の海賊は、盗品とともにとっくに姿をくらましていた。

 今も「カラカタ号」は、マラッカ海峡の航行安全のために働いている。

 事件の前と違うのは、早々に船尾に船名をしっかりと書き込んだこと。そして、日夜を問わず船尾に見張りをつけるようになったことである。

 海賊対策の基本は、やはり見張りをつけること。警戒を怠らないことが、現在もっとも有効な海賊対策のようだ。
 



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