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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: イタリア辛口紀行(4) シチリアで「マフィア」を語る  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2001/08  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 「シチリア人気質」とは ≫

 この島に出かけるため、私は三冊の本を持参した。日本語の『地球のなんとか・・・』という本、バック・パッカーのための英文旅行案内書シリーズの『イタリア編』、そしてローマで求めたイタリアの著名なジャーナリストの記した「イタリア人」の英訳本だ。このうち日本の旅行案内書のシチリア州の章には、「マフィア」という単語が1カ所しかなく、「明るい太陽」「色彩豊かな花々」「青い海」「食通のメッカ・シチリア」とある。海外旅行の目的を景色と食べ物とみやげ物に焦点を絞った本だと思えば、それでよい。

 でも、私にとってはマフィア抜きのシチリア島は、泡のないビールのようなものだ。シチリア人とはどんな人なのか。マフィアの話抜きでは、到底それを知ることはできないとかねてから思っていた。

 ローマからパレルモヘの機中、同行の通訳兼ガイドのサルバトーレ君は言った。「シチリア人イコール、マフィアではない。でもマフィアはシチリア人だ。シチリア人らしさを一番強く持っている人。それがマフィアよ。たとえばね、友が間違っていて敵が正しくても、友のために闘う。敵には勇敢、仲間には寛容で誇り高い。助け合いの精神が強い。家族をすごく大切にする。いまのイタリア人は、法の網の目をくぐってよろしくやることを喜びとしている。シチリア人はそんな面倒なことをせずに、ときには法律そのものを否定してしまう」

 彼の話言葉の日本語を整理すると、こんな像が浮かび上がる。「ほう。なんだか昔のイタリアの話みたいね」。「だから僕言ったでしょ。シチリアはイタリアのアイヌの島だって。ゲーテもそう言ってるよ。シチリアはイタリアの原点だって……」。(ちょっと、それホントかね。帰国後調べたら、ゲーテの『イタリア紀行』に「シチリアなしのイタリアは、われわれの心の中に何らの像を結ばない。シチリアにこそ、イタリアのすべてに対する鍵がある」とあった。サル君、なかなかの教養人だったのである)。

 2001年5月、パレルモ空港。パレルモ社会学研究所長のゲナーロ神父が出迎えに来ていた。この研究所は、シチリアの社会がマフィア権力の支配から離脱し、近代的な市民社会を築くには、いかにすべきかを研究するカトリック教団、イエズス会の拠点である。日本財団はここの研究生に奨学金を提供している。

 空港から市内まで、車で40分。コバルト色の地中海が見える。背の高い椰子の木がある。オリーブの木々の緑に朱色の人家の屋根が映える。名も知らぬ黄色や紫色の花をつけた木々が繁る。コゲ茶色のハゲ山が海に迫る。太陽がまぶしい。ゲーテの愛した「イタリアの原点」の光景だ。

「ほら、アソコ。見てください」。運転席のゲナーロ神父が叫んだ。高速道路の分離帯の一部が、生々しい赤ペンキで塗られていた。花束が5つ、6つ、無造作に供えられている。「正義の検察官、ジョバンニ・ファルコーニの殉職した現場です。1993年、マフィアの親分を逮捕した腹いせに暗殺された。高速道を運転中、車ごと爆破された。リモコン装置でね」と。マフィア映画『ゴッドファーザー』そのままの手口だ。この30年間に、約20人の検察官と警官がマフィアの手にかかって暗殺されたという。

 とたんにキナ臭くなってきた。「でも、あの事件以来、どうしたわけかマフィアは静かです。私の研究所、当時は軍隊に守ってもらっていたが、いまは軍隊は駐留していない」とゲナーロ神父。「アメリカの西部劇のToo Calmという言葉知ってる? 静かすぎるのはインディアンの襲撃の前兆だという意味だよ」。冗談のつもりでそう言ったら、「そう。それかもしれない。あなたも気をつけなさい」と真顔で驚かされた。

≪ 神父と語る『Godfather』 ≫

 マフィアの起源について、神父の講義を受ける。この島の山間部の農村地帯で生まれたという。シチリア島は古来、さまざまな民族の侵略の対象となったが、18世紀からスペイン人に支配された。スペイン人によって大土地所有制が敷かれ、スペイン人の土地貴族は都会に住み、領地にはシチリア人の農地管理人を置いた。“メディアトーレ”と呼ばれ、領主のための徴税請負人だった。メディアトーレたちは、土地貴族から農地の一部を租借して、これを小さな区画に割って農民にまた貸しし、自らも代理地主になった。シチリアの農村部は公権力も弱く、山賊が頻繁に出没した。そこでメディアトーレたちは、自警団を作った。自警団は、ならず者たちが多かった。彼らは銃で武装し、馬に乗り、事実上の行政権と司法権を握った。この武装組織がマフィアの起源だ。

「ガリバルディのイタリア統一で、シチリアは、イタリア王国の一部となったが、彼等の勢力は温存された。名誉ある社会と名乗っていた。彼等は独特のBaptismaもあった」

「バプティズマ(洗礼)? 彼等はカトリックに入信したのか」

「彼らはもともとカトリックだ。Initiationと言えばわかってもらえるかな。入会のための儀式だよ。聖像の前で針で指を刺し、その血を聖人の画像に塗るのだ。捉は厳しい。おしゃべりはダメ。沈黙の捉あり、組織の秘密を外に洩らすと死だ」

 ハリウッド映画『Godfather』の光景を頭に浮かべる。<アメリカという国は商売を警察が守ってくれる。しかし善良なる君(麻薬の売人)を守ってくれはしない。名付親のワシが守ってやる。私が私設裁き屋だ。You can rely on me>初代のドン、コルレオーネのセリフの場面だ。

「コルレオーネの本名は、アンドレイだよ。知ってるか。1930年代にシチリアからアメリカに移民した。片言の英語も話せなかった。移民局の役人が彼の出身地の名札を見て、名簿に、コルレオーネというファミリー・ネームを記入した」

『Godfather』の映画を二回見たというサル君が、神父と私の会話に加わってきた。コルレオーネに連れていってくれと頼んだが、遠方の山の中なので、私の日程(2泊)では無理だという。代わりに神父が、パレルモ市街の南西8キロのカプート山中腹にあるモンレアーレの町に案内してくれた。アラブとノルマンの建築様式を混合したカトリックのドウオーモ(大聖堂・12世紀の建立)のある門前町である。「このあたりの人々は、マフィアもしくは、そのシンパ(Sympathier)だよ」。サル君が言う。そう言われてしまうと心なしか緊張感がみなぎってくる。持参の英文の旅行案内書には「マフィアはシチリア全島に影響を及ぼすパワーを持っている。でも汝は、彼らの銃撃戦に巻き込まれるなどと心配せんでもよし。かの“誇り高き男”たちは、ツーリストのことなんか眼中にないから……」とあった。

 そんな記事、読まなくたってわかっちゃいるのだが、「この旅行案内書、結構頼りになる」なんて思っちゃうのだから、シチリアとは不思議な島だ。私の持参したもうひとつの英文の本『The Italians』の「Sicily and the Mafia」の章を、ホテルに戻ってから熟読した。こう書いてあった。

≪ 超辛口の白ワイン「コルレオーネの王女」 ≫

 世界的に有名な無法者組織「マフィア」の組員が何人いるのかはわからない。犯罪者としてのマフィアはマイノリティである。(サル君の説では2万人)。だが、シチリア島西部(州都パレルモも含む)の住人はまず例外なくマフィアとはよい関係を保つようにしている。だって住民はどこにも移ることができないし、自分の家族、仕事、財産、商売を守らねばならないから、マフィアとのトラブルは避ける。島民にとってマフィアとは、生活の一要素なのだ。気候とか降雨とか方言のように生存のためにどうしても必要な条件なのだ。マフィアとそうでない人との間に、明確な区分線を引くこと自体、どだい無理な話だ??と。

「ルイジ・バルジーニが、その本を書いたのは20年前のことです。いまでは違う。パレルモ大司教をはじめ、われわれカトリックは機会あるごとにマフィア的行動が、カトリックの精神に反することを説いている。パレルモでは、マフィア反対の市民デモもある」。ゲナーロ神父は、シチリアはいま、変貌しつつあることを力説した。

 その夜、サル君と治安の悪いことで有名なパレルモ港近くのトラットリア(食堂)で、シチリア特産の「Babaluchi」をサカナにワインを飲んだ。1センチほどの豆粒大のかたつむりだ。生きたままハーブとワイン入りの、オリーブに一昼夜漬ける。殻から楊子でつまみ出して食べる珍味である。ボトルでとったワインのラベルに「Principe Di Corleone」とあるではないか。超辛口の白ワインだった。

「そう、これマル暴の根拠地で生産された“コルレオーネの王女様”というワインよ。マル暴の親分のお姫様ね」。サル君が笑いころげる。「マル暴」??あたりをはばかって、命名した「マフィア」の言い換えの2人だけの陰語である
 



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