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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: イタリア辛口紀行(3) 「サル」君とシチリアに行く  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2001/07/24  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 「猿」と呼んでとサルバトーレ ≫

 シチリア島に出かけたのは初めてだ。この地中海最大の、島の州都パレルモの大学を訪問するのが旅の目的だった。ついでに旅行記のネタ集めでもと思ったのだが、地理も言語もまったく不案内。ローマで南イタリア通の「サル」君に出会ったのが幸運だった。ガイド兼通訳として、シチリアに同行してもらったのである。

「シチリア人は、ローマに行くのにイタリアに行くと言います。シチリアはね、1861年、イタリア王国誕生以来、イタリア領ですよ。すごく田舎だということです。イタリアの離島だと思えばよい」

 ローマからパレルモまで一時間十五分の短い空の旅の機中で、「サル」君がそう言った。

「サル」君、三十九歳。もともと歯科技工士だが、いまはコンピュータの事なら何でもござれで、パソコンのよろず相談と日本人相手の観光ガイドをやっている。父親はサルジニア島、母は南部のカラブリア州出身だという。日本語のやけにうまい小男(身長160センチ)だ。日本語と日本史を五年間学習したのち、大阪で三年暮らした。日本のTV番組、『ここが変だよ。日本人』にも何度か出演したことがある。

 とにかくよくしゃべる。日本流に言うなら“変なガイジン”の一人だ。本名は「サルバトーレ」だが「サルでいいです。日本の友だちは僕のこと、そう呼んでいる。Monkeyのサルです」。紙に漢字で「猿」と書いてよこした。

 漢字は二千字読むことができる、と誇らしげに言う彼、なかなかの知識人で博識である。初めての外国に同伴するには、うってつけのガイドだ。

「日本の人、シチリアというとすぐマフィアという。それ、イタリア人も同じ。“危ないところへどうして行くの”なんて言う人もいる。でも、マフィアよりもっと珍しいものが三つある」

 シチリアとは何だ? の問いに彼はそう答えた。

 観光地シチリアの三つの特徴。サル君の話をきちんとした日本語で整理すると、その第一は「異人種、異文化、異なる宗教がサンドイッチみたいに重なってる、歴史好きには面白い島」とのことだ。イタリア半島を長靴に例えると、靴の先のサッカーボールがシチリアだ。愛用の英文の旅行案内書『Lonely planet』を開いてみる。

 地中海のど真ん中にある戦略的位置が、この島をして異民族の侵入者と植民者の絶えざる標的となった。シチリアには古代ギリシャの神殿、ローマの劇場、アラブのドーム、ノルマンの教会あり??、とある。

 イタリアの歴史書をひも解くと、石器時代のシチリアは、イタリアと陸続きだったという。紀元前八世紀頃、ギリシャ人、次にカルタゴ人(北アフリカの古代都市国家)、そしてローマ人がやってきた。そして八世紀にはイスラム教徒のアラブ人が移住した。十一世紀には、ノルマン人が侵入、シチリア王国を築いた。征服王ウィリアムニ世は、ノルマン、ビザンチン、イスラムの文化の共存を唱えつつ、徐々に東方教会とイスラム教であったこの島をカトリック信者に変えていったという。

≪ スラムと史蹟の同居するパレルモ ≫

「僕の名前の意味を教える。サルバトーレは、助けてあげる人という意味。わからないことがあったら、助けてあげる。何でも僕に聞きなさい」。パレルモの街を彼と散策する。

「マフィアの抗争の流れ弾が飛んで来たら助けてくれるか」、冗談のつもりでそう言った。

「多分、それは大丈夫。でも財布とカメラはしっかり持っていてよ。犯罪は多いよ」。真顔で注意された。

 例の旅行案内を見たら「小さな犯罪極めて多し。素早い技術を持つスリの巣。オートバイのひったくり強盗多し。宝石は身に着けるな。金は腹に巻いておけ」とある。パトカーのサイレンがやたらに聞こえる。気のせいではない。まだ五月だというのに太陽が強烈に照りつける。「冬は暖かいが真夏は四〇度以上になる」とサル君。

 パレルモの街は、新市街と旧市街にはっきりと分かれている。大きな広場と公園があり、道も広くて真っすぐな新市街のホテルに宿泊したのだが、「旧市街」の探訪を所望した。まるで迷路だ。無人の廃墟とおぼしき建物が目につく。いたるところ、ゴミだらけでスラム化している。

 だが、もともとは、バロック様式のバルコニー付きの素晴らしい住宅街だったらしい。アラブの首長の領地だった頃、パレルモは欧州一の美しい都市だった。

 このスラム化した旧市街こそ、昔のパレルモの中心だ、とサル君が解説する。司教座大聖堂(カテドラル)、ノルマン宮殿、イスラム風に改築されたエレミティ教会などの歴史的建造物はすべて旧市街にあった。名所見物は、ぶっそうなスラム街の見学と表裏一体だ。南イタリアの貧困は、このスラム街に凝縮されているとお見受けした。

「そう。シチリアを旅行すればイタリアの貧乏を見物できる。わかったでしょ」。サル君に念を押された。貧困と治安の悪さが彼の言うシチリアとは何かの二つ目の答だ。

「それなら第三は……」。「魚と果物です。シチリアの食べ物は安くておいしい」。サル君は私を旧市街の青空市場に案内した。メモをとる。スイカ1キログラムは千六百リラ、円に換算すると九十円の安さだ。オレンジとナスはそれぞれ百六十円。この島のオレンジはもともと北アフリカからアラブ人が持ってきたとのことだが、ホテルの食堂に、風変わりなジュース搾りが備えつけられていた。

 プラスチック製の機器の中に、透明のパイプがあり、オレンジが上下に数珠繋ぎに並んでいる。オレンジ三個をジュースにしたければ「3」の数字を押す。するとオレンジは、二つに切断され、ジュースになってグラスに注がれる。皮は自動的に付属の器の中にはじき出される。

 三個分のオレンジジュースを作るのに三十秒もあれば充分の優れものの機器だ。すべてお客のセルフサービス。何杯飲んでもすべて定額の宿泊費に含まれている。

 さすがのサル君も、「こんな機械、シチリアにしかない」とびっくり。オレンジの安いシチリアならではのサービスだ。魚は、果物や野菜ほど超安値ではないが、獲れたての魚はおおむね日本の半値以下だ。タコ1キロ=千五百円、イワシ=三百八十円。マグロ千六百円、メカジキニ千六百円。ロブスターはぐっと値が張って1キロ=六千六百円だった。シチリア人にとって魚の王様は、クチバシがヤリのように鋭いメカジキ(Sword fish)だ。

 どの魚屋も頭を輪切りにしてクチバシを船のマストのように立て、その周囲に、色とりどりの魚を並べている。「魚の写真を撮っていいか」と尋ねると、隣の店員まで動員して、いろいろとポーズをとってくれた。

≪ 「ジャポネ。タコ、オイシイよ」 ≫

「“ジャポネはマグロの脂身を生で食うのか”と聞いているよ」とサル君。「Si,Si,Buono」(そうだ。ウマイよ)。と人指し指をホホに当てぐりぐりとやった。にわか仕込みのサル君のイタリア式仕草を早速試してみたのだ。.シチリア人はマグロは生で食べないだけでなく、トロは全部捨てるそうで、珍しい動物でも見るような目つきで、私の顔を仰視した。

 屋台のゆでダコ屋に立ち寄る。さっと湯がいたタコをブツ切りにして唐辛子とレモン汁をかけて食べる。これがなかなかいける。「フランス人やドイツ人はタコは食わんが、日本人は好きだそうだね。日本の観光客も団体でこの市場にやってくるが、何といって客引きをしたらよいのかね」と店主が聞いているという。

「この人、マフィアよ」とサル君が私の袖を引っ張る。なるほどコワイ顔をしたオッサンだ。腕に薄い入れ墨をしている。気にすることはない、「ジャポネ。タコ、オイシイヨ」と教えてやったら、日本語で、「タコ、オイシイ」を連呼した。とたんに人懐っこい地顔が出てきた。

「シチリア人は一見無愛想でとっつき難いが、心は温かい」。「そう。私の父の生まれ故郷サルジニア人の次にね」とサル君。イタリアとひと口に言うが、この国は多人種国家であり、土地によって気風が著しく異なる。

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〔ローマ〕嫌なところ=お金の事ばかり考えている。人間が軽い。約束を守らぬ。今日言ったことが、明日には変わる。
〔ボローニャ〕街はきれい。安くてウマイものがある。ボローニャ人は約束を守る。
〔フィレンツェ〕気位が高い。ローマを見下している。シチリアなんか眼中にない。
〔ミラノ〕人間が冷たい。ビジネスやるには一番いい相手。でも南イタリアのことを馬鹿にしている。

「イタリア中でサルジニアが一番いいところだ。人も食べ物も、景色もみんないい。日本人が観光に行くならサルジニア島だ。ハワイなんかゴミだ」??。

 以上はサル君が語ってくれた彼の地域別イタリア論だ。ちなみにサルジニアは、シチリアの北西三百キロに位置する地中海で二番目に大きな島である。
 



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