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著者: 青柳 光昌  
記事タイトル: 高齢者・障害者の移送サービス〜NPOの果たす役割〜  
コラム名: 特集 NPOと土木の接点  
出版物名: 土木學會誌  
出版社名: (社)土木学会  
発行日: 2001/07  
※この記事は、著者と(社)土木学会誌の許諾を得て転載したものです。
(社)土木学会誌に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど(社)土木学会誌の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ≪ 移送サービスとは何か? ≫

 わが国の身体障害者293万人のうち、約20%にあたる約60万人が独自の歩行が困難であり、介護を必要とする高齢者「寝たきり老人等」は65歳以上人口の20.3%の254万人という数値を示している。将来推計では、2025年には「寝たきり老人・痴呆症・虚弱高齢者」が520万人に増加しようとしている)。

 このような社会情勢のなか、2000年4月には介護保険が導入され、民間事業者、NPOが競うように各種サービスを提供し始めた。また、一方で障害をもつ人達の自立した社会参加が叫ばれて久しいが、ここ数年来メディア等の影響もあり、ようやくそうした考え方が一般的になりつつある。

 それに伴い、今まで自宅や施設などに閉じこもりがちであった高齢者や障害者の自由な外出に対する欲求は以前よりも増えてきている。

 しかし、現状は適切な交通手段が少ないために外出を我慢している人もまた多く存在する。最近は定着したバリアフリーデザインなど社会のさまざまな段差(物的・制度的・心理的・情報)を取り除いても、アクセスは確保されるが、モビリティ(移動)は十分に確保されているとは言い難い。特に、高齢者・障害者にとって自由に目的地まで行けることは、アクセスだけでなくモビリティの確保が不可欠となってくる。

 高齢者・障害者の外出の機会を拡大し、社会との窓口を創る重要な役割を果たしているものに、ボランティア団体・NPOが行う「移送サービス」がある。

 移送サービスとは「高齢者・障害者など外出行動の困難な人に対して、リフト付車両などによる、介助も含めたドア・ツー・ドアサービス」のことであるが、日本では法律などで正確に定義したものは存在しない。欧米などではSTS(Special Transport Serviceの略称)ともよばれているこの移送サービスは、日本においては長年にわたり、ボランティア団体・NPOの活動によって支えられてきた。また、最近ではNPOを中心に「移動サービス」ともよばれている。一般の公共交通サービスが不特定多数の人に対して提供されるのとは対照的に、移送サービスは特定(高齢者・障害者の移動困難者)の人に対して、特別な手段(介助も含めたドア・ツー・ドアサービス)によりサービスが提供されている。

 この移送サービスと、高齢者・障害者が日常移動手段として使うサービスとを、公共性とコストとの視点から比較、分類してみてもその役割は明らかに違う。また同時に、他のサービスのかなりの部分をボランティア団体・NPOの移送サービスが担っているのが現実である。

≪ 移送サービスの歴史と現状 ≫

 移送サービスは、今からおよそ20数年ほど前にボランティアによる運行から始まった、といわれている。一般に移送サービスのボランティアを始めるきっかけは、近所のお年寄りや障害をもった人が、病院やリハビリ施設へ通うにも、自分では車は運転できない、バスはない、頻繁に通うものだからタクシーも経済的には毎回利用できない、といった状態を見かねた有志が始めるパターンが多い。つまり、医療・福祉施設への送迎という、本来、公共施策として取り組んでいなければならない市民の移動問題について、当初は同じ市民のボランティアに頼っていたのだ。

 ボランティア団体・NPOの場合、「どうして始めたのか」という起源、最初の思いなどは、後に組織を成長、発展させていくうえで、良くも悪くも影響してくることが多い。移送サービスの場合も例外ではなく、先述の一般的事例から障害者の小規模作業所や高齢者の在宅介護サービスなどから始めている例までさまざまである。

 NPOの移送サービスの仕組みは、専用の車両と事務所、駐車場を備え、専門のコーディネータースタッフを配置し、介助ができる運転ボランティアを数名から数十名登録して、利用者ヘサービス提供を行っている。この仕組みの中にあって、特にコーディネータースタッフの役割は重要である。単なるタクシーの配車係とは違い、利用者のコンディションや運転ボランティアとの相性などを常に把握し、配車を行う。場合によっては、地域の他のNPOとのネットワークを図り、必要であれば行政との窓口にもなる。つまり、地域で顔の見える関係づくりができる人材でなければならないのだ。

 また、こうしたノウハウや経験をNPO同士が共有し、高めようとする場として、東京ハンディキャブ連絡会などを中心に「移送サービス研究協議会」なるものも開催されており、今年で13回目を迎えている。現在この協議会は東京だけでなく全国各地から移送サービス団体が集う一大イベントとなっている。それに伴い、各都道府県にNPO相互のネットワーク組織ができ上がりつつあり、確認できるだけでもその数は11か所にも及んでいる。

 ここで、移送サービスに使用されるリフト付車両、いわゆる福祉車両について触れてみたい。わが国では、福祉車両は1978年から始まった民放テレビ局によるキャンペーンでの募金によって、全国の高齢者、障害者施設や移送サービスを行うボランティア団体へ寄贈され始めたのを契機として、徐々に増えていった。その後、現在に至るまで、同キャンペーンをはじめ、多くの財団等が福祉車両の寄贈や購入費の助成を行っている。

 移送サービスを提供する担い手としては、まず第一にボランティア団体・NPO、第2にタクシー事業者、そして第3に社会福祉協議会があげられる。そして、ほとんどの場合、第2、第3の担い手は地方自治体からの運行業務委託や補助を受けてサービスが実施されている。

 移送サービス利用者のニーズで最も多いのが医療、福祉施設等への送迎(定期的ニーズ)であることもあり、多くの地方自治体では、移送サービスをタクシー事業者、社会福祉協議会へ委託している。そして、それに係る車両購入費を補助したり、タクシー利用者についてはチケット等を配付し、利用料金の一部軽減を図るなどの施策を実施している。

 しかし、利用者のさまざまな需要に対して、提供できるサービス(車両や人材)の量と質が追いついていないため、都市部などでは異常な需要超過となっている。移送サービスは事前の予約制を採用することが多いので、予約日の朝などはいっせいに利用希望者が電話をし、「さながら人気歌手のコンサートチケットを求めるようだ」とある利用者は話していた。

 サービスの質という点でも、第3の担い手である社会福祉協議会などが実施する移送サービスは、利用目的や時間、地域を制限しているものが多く、利用者にとっては使いづらいサービスとなっている例が多い。

 こうした利用者の満たされないニーズは、第1の担い手であるボランティア団体・NPOが吸収しているのが現状である。「定期的ニーズ」はもとより、より利用者のニーズを実現しようと努力しているのも、ボランティア団体・NPOである。単に公共交通サービスの補完的な役割を果たしているのではなく、より主体的、積極的に利用者のニーズに応えていこうとする姿勢がうかがえる。具体的には、24時間のサービス提供や、利用目的は問わずレジャーや買い物といった「不定期的ニーズ」への対応である。本来、この「不定期的ニーズ」への対応こそがNPOの柔軟性であり、活躍できる場面なのである。

≪ 移送サービスボランティア団体・NPOの課題 ≫

 こうした市民有志によって運行されている移送サービスの大きな課題の一つに資金調達がある。利用者1人当たり1回利用するごとに平均3000円から5000円のコストがかかる、といわれている(1日平均3〜5件の運行、有給のコーディネータースタッフを1人配置の場合)。これには、ガソリン代、事務所や車両の維持費、運転ボランティアの交通費など、さまざまな必要経費がかかっているためだ。ボランティア団体・NPOは、このコスト全てを利用者に負担してもらうことはできないため、他のさまざまな形で、資金調達をしている、活動の支援者を募り、会員制度を設け会費や寄付金を集める。バザー収益や企業からの協賛金などもある。また、東京都など一部の自治体では、補助金を交付している例も少数ではあるが存在する。しかし、どのような方法をとろうと、財政的に潤沢なNPOなどは存在しない。

 課題は、資金調達だけではない。有能な人材、モノ、活動拠点、情報、それらをマネジメントする能力、全てが不足している。しかし、これは移送サービス活動に限ったものではなく、日本のボランティア団体・NPOに共通の課題であるので、ここでは特に論じることはしない。移送サービスを行うボランティア団体・NPOにとっての共通の課題は、法律である。彼らのサービスは、利用者から料金を取ることにより、道路運送法による一般乗用旅客自動車運送事業(=民間タクシー事業)にあたる。本来、ボランティア団体・NPOであってもこの事業を行うためには、国土交通大臣の許可を得なければならず、現在運行しているボランティア団体・NPOは違法行為にあたる。いわゆる「白タク」行為である。

 ボランティア団体・NPOが、この民間タクシー事業の許可を受けようとすれば、今度は問題点として、

1.事業区域が限定される
2.需給調整等の運用基準が必要
3.最低車両数の確保
4.営業所・車庫の規模
5.運転者に2種免許が必要

などが出てくる。どれをとっても、ボランティア団体・NPOにとっては大きな壁である。

 現行の法制度で違法行為ではなく運行する方法として、通称“金沢方式”といわれる方法がある。それは、道路運送法80条「自家用自動車は、有償で運送の用に供してはならない。ただし、災害のため緊急を要するとき、又は公共の福祉を確保するためやむを得ない場合であって国土交通大臣の許可を受けたときは、このかぎりではない。」とする特例から、自治体が車両を所有し、他団体へ運行委託するケースである。これは、自治体が運行に関わる一切の責任を負うものとし、車両を所有することから許可を受けることができたものであろう。この場合、自家用自動車の使用であるから運転者は1種免許で運転できる。つまり、運転ボランティアをしたい一般の市民でもできるのだ。しかし、こうした有償運行の多くは、先にも述べたように、ほとんどが社会福祉協議会や自治体の外郭団体への委託となっており、ボランティア団体・NPOへの委託は全国でも数例しか存在しない。

 一番の課題は、現実にほぼ100%のボランティア団体・NPOが有償運行しているこの実態を、今後どうしてゆくかである。

《これからの移送サービスに望まれるもの》

 ボランティア団体・NPOが行う移送サービスのほとんどが違法行為といっても、取り締まりや告発された事例もほとんど見受けられない。一部、介護タクシー事業者などから、競争相手として見られ告発や嫌がらせを受けていることはあるそうだが、行政からの指導を受けた、という例は非常に少ない。

 つまり、実態として「公共の福祉」を長年にわたり担ってきたボランティア団体・NPOに対して、法律をたてに指導することなどできないのである。それどころか、補助金を交付している自治体もあるほどなのだ。だからといって、このままの状態で良いはずがない。先述のように自治体からの委託運行をほとんど受けることができないでいるNPOは、現状「会員制による会員同士の互助活動」として運行しているが、実際この活動がグレーゾーンにある不安感はぬぐいきれない。交通バリアフリー法の付帯決議にも「STSの導入に努めること」と明記されているように、法的にその担い手としてのNPOをきちんと位置づけてゆくことが一刻も早く望まれる。

 そのうえで、行政の責任としての医療・福祉施設への移送サービス「定期的ニーズ」への対応と、市民の健康で文化的な暮らしのために、旅行や映画、遊びなどの移送サービス「不定期的ニーズ」を満たすNPOとの役割分担と連携が必要である。こうした官民がお互いの責任を果たし、連携をしてゆくことで活力ある地域社会を創り出すことが可能となってくる。これは、公共交通のインフラ整備という視点だけではなく、市民がいきいきと地域で暮らすための「まちづくり」であり、NPOはその受け皿となるのである。

 

注)支援や援助を行っている財団

日本財団、24時間テレビチャリティー委員会、富士記念財団、キリン福祉財団、ヤマト福祉財団、安田火災記念財団、社会福祉・医療事業団など

参考文献

1?スペシャルトランスポートサービスに関する調査研究報告書、(財)運輸政策研究機構、1999
 

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