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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: 緊急報告 IMF寒波のソウルで(下) 歴史の皮肉か、D・J現象  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる   
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 1998/03/31  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  日韓は似た者同士ではない
 韓国人と日本人は似かよっているところが多々ある。あちらの新聞に「韓国におけるIMF管理は、日本の敗戦時のGHQ(占領軍総司令部)のような存在である」(中央日報)とあった。その緊張感たるや壮烈なもので、さすが同じ北東アジアのウラル・アルタイ系の言語をもち、同じように国家の起源を天孫降臨の神話に求める似た者同士のTENSION族ではないか??。私はそういう先入観をもって、今回の韓国入りをしたのである。
 ところが、IMFの嵐を受けとめるソウルの知識人たちの心情は、私の予想どおりのことも多くあったが、「オヤ、やはり日本人と韓国人は異なっている」と思わせる、日本人にはない韓国人の特有の認識にも幾つか遭遇したのだ。
 韓国人と日本人が似かよっていることは、韓国人の間でも通説になっている。それは大昔の歴史に共通性があるから……というのが彼らの共通認識だ。
「太古には韓半島と日本列島は地続きだった。東海(トンヘ・日本海のこと)は広い湖だった。海水位の上昇によって、日本はアジア大陸から切り離された」。大韓民国海外公報官の書いた『FACT ABOUT KOREA』にはそう書かれている。地理的に韓国が兄貴分だという説である。
 あちらの知識人たちも似ているのは当たり前だという。以前、韓国の歴史学者と話をしたとき、こういっていたのを思い出す。
「今から千二百年以前は、韓国の人々は自由に往来していた。しかも通訳なしで話ができたんだ。日本人の言葉の多くの部分は韓半島の祖先が伝えたものだ。それに、仏教、儒教、そして農耕文化も。ところが奈良時代以降、交流がじょじょに薄くなった。文明的に韓国は兄貴です。だから、似ているのは当たり前でしょ」と。
 こうした日韓比較文明史の核心に触れる問題は、このレポートの本題ではないので、このへんでやめておく。テーマはIMF寒波のソウルであり、はたして苦境の中における彼らの生活と意見は、似た者同士である隣国日本の人間が想像したとおりのものであったかどうかである。
 まず、日本になくて韓国にはあるもの。一番最初に気づいたのは、彼らの風刺、諧謔の心である。私が昨年十一月末ソウルを訪れたとき、韓国のIMF融資条件を受け入れに対し、労働組合の大デモが起こった。そのときの新聞のトップ記事の写真にIMFを文字って「I’m Fired(俺はクビになる)」という横断幕が大写しになっていたのを覚えている。このユーモアのセンス、まさに「おぬしやるのう!」である。
 今回の訪問で、延世大のマスコミ学部の金教授にその話をもち出した。
「まだたくさんありますよ。I’m failed(俺は失敗した)。I’m fined(俺は罰金をとられた)。I’m flunked(俺は落第させられた)というのはどうですか」と、米国でPhDを取得した金さんは即座に応じてきた。「日本の新聞ではIMFセールとか、失業者の同人的な集まりである、とIMFクラブは紹介されている」と私。すると「苦境にもめげず絶望しない韓国人のもつユーモアのセンスを、日本の皆さんに伝えてくださいよ」と金さんはいう。
 これはどうやら国民性の違いに由来するものらしい。前出の『FACT ABOUT KOREA』には「韓国人の先祖の残した詩歌と小説などで、ひと際目立つのは、豊かなユーモアと楽天的な風刺・諧謔精神である。こっけいさと皮肉をもって、いかなる苦難と試練にもくじけることなく粘り強く生きてきた」とあった。IMF時代に発揮されるある種の心の余裕はおそらく、これに該当するのではないか。韓国にIMFのパロディは数々あれど、日本にGHQのそれはほとんどない。その昔、GHQを文字ってGO HOME QUICKLY(飲み屋に引っかからずに会社から真っすぐ家に帰ろう)」とある週刊誌がやったのが唯一の例だと記憶している。

IMF管理、口惜しくない!
 韓国人とくらべると現代日本人はクソ真面目で面白くない。うっかり冗談をいうと殴られかねない。韓国人はどうか。そこで非礼とは思いつつ際どいシニカル(皮肉な)な質問を試みてみたのだ。お相手は、元韓国経済担当副総理韓昇洙氏だ。
??韓国の人々は、IMF管理にされて、口惜しくないですか?
「そういう情念を言っている場合ではありません。これしか選択肢がないのですから」
??IMFという名の“地球共同体”の総意で、韓国経済に厳しい条件をつけてますが、金融についてのスタンダードは、実はアメリカン・スタンダードではないんですか?
「オッ、ホッ、ホッ。IMFの歴代専務理事は、アメリカ人ではなくて、フランス人ですよ」
??金大中さんはうまくやっていると思いますか?
「大変よくやっている。経済発展と民主化と政治改革の三つをやってのけられる人は、彼しかいません。彼はきわめて僅少な差で大統領になりましたが、それは今日の韓国にとって、幸運でした」
??でも、大統領選で金大中氏の得票率は四〇・三%、棄権をのぞくと、五九%の有権者は他の候補に投票していますね。それなのに彼に投票しなかった人々が今では口をそろえてD・J(金大中)支持を叫んでいる。しかもIMF時代に余人をもって代え難い大統領だといっている。歴史とは本当に皮肉なものですね。
「歴史とは、おそらくそういうものなんでしょう。そんなに過去のことばかりいいなさんな。見ていてごらんなさい。今、韓国は新しい実験をやっているのだ。われわれは社会・経済構造の軌道を修正中です。韓国経済はこれまで日本モデルでやってきた。それがとうとうCRITICAL POINT(臨界点)に達した。日本モデルはとりわけ銀行・金融システムが駄目でしたね。韓国も先進国入りしたのですから。日本モデル、とりわけ金融部門はダメですね。先進国モデル、グローバルモデルで行きますよ」
??つまり、アングロ・アメリカン・モデルでしょ。
「そういう表現でも結構ですよ。韓国の政治・経済システムは、日本よりもずっとアメリカに近くなるかもしれませんよ」
 韓さんは、ソウル大の経済学部教授、ハーバード大、東大客員教授を経て商工大臣、駐米大使を歴任した現職の国会議員であり、ソウル大教授以来の私の知人である。もともと野党政治家である金大中派ではない。
 政治の世界では金大中派ではないものの優れたエコノミストである韓さんが、国家的見地から考えて金大中氏がベストとおっしゃっるのはわかる。だが韓国の大新聞が、与党系(ハンナラ党)も含めて、金大中氏当選と同時に、あらかたの紙面を使って、「もともとこの人しか大統領にふさわしい人はいなかった」という調子で、全面的に彼をもち上げたのには、いささかの異和感がある。「勝てば官軍」という言葉があるが、日本人でさえも、その変わり身の速さにはびっくりである。

弱いときは静かにしてる
 再び若金教授に登場してもらう。
「歴史は皮肉だなどと、皮肉はいわないでほしい。今はD・Jを国民は信頼しようということなのだ。政府、資本家、労働者が、解雇をめぐって妥協した。こんなことは、D・Jでなければできません。ハンナラ党だったら労働者が反対して、今ころ暴動が起きているかもしれない。その点、韓国はついていたんですよ」
??IMFをどう思ってますか?
「われわれはIMFに文句をいわん。とにかく金が必要なんだから。いま韓国は反IMF感情を抱くことより、国民の団結こそ重要なんです。われわれは間違っていた。われわれは賛沢をし過ぎていた。韓国五千年の歴史の中での最高の物質的繁栄の中で、おごり高ぶっていた。いまこれを反省し将来に結びつけようとしている。今、われわれは弱い立場にいる。力が弱い時は、外に対しては、YOU SHOULD BE QUIET(静かにしている)ですよ」
 韓国人は、日本人よりもプラグマティストなのだ。
 金大中氏。拉致事件では日本では有名だが、彼の政治的背景についてはそれほど詳しくは知られていない。異色の在野の政治家であり、民主主義と自由経済の信奉者である、と韓国の新聞に毎日のように伝えられている。彼の政治的功績は、これも韓国の新聞によれば、この国に昔からある地方と中央の対立をなくそうとしたことであり、政権を奪取するものが、前政権に報復する旧来の慣習を捨てて和解をめざしていたのだという。それがわかっていたのなら、彼の大統領当選以前に書くべきではなかったのか。そのような情報があらかじめ伝えられていれば、ある日突然起こったDJ IS BESTの大合唱にとまどうこともなかっただろう。
 これからのシナリオは二つある。問題は民主主義という政治的平等と、経済発展という自由市場主義がどううまくかみ合うかだ。さらに景気が後退し、平等を望む大衆がプッツンするケースがある。自由と平等の矛盾をうまく乗り切れば、韓国経済の回復は意外と早いのではないか。
 



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