共通ヘッダを読みとばす

日本財団 図書館

日本財団

Topアーカイブざいだん模様著者別記事数 > ざいだん模様情報
著者: 歌川 令三  
記事タイトル: 海南島・その光と影(上) 不到海南不知道(行かずして、わかるわけなし)…  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる   
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 1998/07/14  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  竜宮城の浦島太郎
 広東省の省都広州から海南島に足を延ばした。地図で見ると中国大陸の最南端に寄り添うように位置する真珠のように小さく見える島である。といっても、かなり大きい。
 中国の案内書には「中国第二の大きな島」とあった。はて、第一はどこかと一瞬とまどったが、それは台湾だった。そういえば空港に向かう途中、車窓から見る広州駅に「統一祖国、振興中華」の大横断幕があったのを思い出す。台湾は「一国二制度」のもとにおいては、あくまで中国なのだ。
 広州の国際空港から中国民航でわずか四十分の至近距離にあるのだが、中国大陸の人々にとっては、海南島は、やはり別天地であるらしい。広州で、海外に住む“華人”についての大シンポジウムが開かれ、そこに出席したついでに海南島行きを思いたったのだ。北京からやってきた政府関係者も広東の学者も、口をそろえて「いい試みです。うらやましい限りです」とか、「楽しいところだそうですよ」とか言ってくれる。
 だが、その口調に、奥歯にもののはさまったような響きがあるのだ。「ホウ、海南ですか」とニヤニヤする人もいる。
 なにやら南海の竜宮城におもむく浦島太郎みたいで、変てこな気分で乗り込んだ中華民航の機中。サービスで配付された、地元新聞の『海南日報』を眺めているうちに、少しずつ見えてきた。私の乏しい中国の知識でも、オール漢字の新聞記事の意味は、どうにか推量できる。
 最終ページに、海外からの観光客と投資を勧誘する海南島の紹介記事が一ベージを埋めている。この新聞は海南を「旅游島」と銘打っていた。
「海南島は大自然の楽園が残っている。紺碧に輝く南の海に囲まれた東洋のハワイ。輝く白砂、熱帯雨林、そして年三回も米を産する平野、そして四千種もの植物のある山々。ヤシの木、ゴムの木、パパイヤ、マンゴーもある。東北に向かう大海流(これが日本に来ると黒潮になるらしい)のある島域は、千種もの魚の宝庫。“生猛海鮮”(とびきり新鮮な魚)は中国一の美味。滝、温泉、奇岩怪岩あり、黎族、苗族の少数民族文化あり。独特の歴史人文、民俗的風情あり」
 おおむね、そんなことが書かれている。
 この紹介記事、現地人用というより大陸からの旅行者と海外の華人向けなのだろう。昨今の中国の新聞はたくさん広告が載っている。美容院、証券会社の宣伝、行政管理人や経理の急募広告、数学の家庭教師の求職etc。この島の観光以外の生活反応が伝わってくる。「唯一的永久性省級公墓。風景秀眉、日夜服務、価格低廉」などというのもあった。
 隣席の張向東さん(広東の外語大で日本語を学ぶ。今回の案内役を買って出てくれた)に、「墓地も売っているの」と尋ねると「海南出身の華人が故郷に墓をつくるんです。現地の金持ちの間でもはやっています」という。「永久性、日夜服務」とは、さしずめ墓守りサービス付きの永代供養といったところか。
「アッ、この広告どういう意味です?」。“旅游島”の記事の下に、五段抜きの“性病治療”の大きな広告があったのだ。若くて真面目な中国共産党員の張さん。困惑しきった表情だ。
「この島ではとくに、そういう病院の必要性が高いんです。」とうつむいてしまった。広州で「海南に行く」といったら、「うらやましい。楽しいところです」と、北京の高級官僚にニヤッとされた意味がやっと解読できた。

海軍病院の広告
 この種の広告は言葉少なにさりげなく表現するのが日本の常識だが、こちらのは懇切丁寧一点張りで苦笑する。広告主は、なんと省都海口の軍港にある海軍第四二四医院(病院)だった。
 いわく。「なぜ多くの性病患者が当病院を選ぶのか。われわれは良好な作業環境と高い技術をもち、高い職業道徳意識に支えられ、あなた方に完全な健康を提供するからだ。專門家として忠告する。性病は早期に発見すれば必ず直る。さもないと、本人のみならず、家族や社会に多大な危害を及ぼす。来れ! 海軍医院へ」とある。「米国製治療器」と「英国製探査器」と銘うった写真まで、ついていた。社会主義リアリズムの面目躍如たりといったところだ。
 海軍病院も、時節柄収入増強の為に患者獲得に励んでいるらしい。この日の海南日報には、このほか二つ性病の広告が載っていた。
 社会主義市場経済におけるサービス競争の一端を見る思いだ。
 私は、海外を旅するとその国の新聞を克明に読む(もしくは読んでもらう)ことにしている。なぜか。それはたとえ言論統制のある国でも、007のスパイもどきのような真似をしなくても、公開された情報を眼光紙背に徹して読み込めばその国の状況はかなり見えてくるからだ。おまけに今回は謹厳で誠実な若き案内人、張さんがいる。
 海南島は、海岸線の総延長千五百二十八キロ。新幹線で博多から東京まで来て、さらに名古屋まで戻る距離だ。だいたい九州とおなじくらいの広さがある。人口七百万、省都の海口は人口八十万だが、このうち三十万人は定住者ではなく、“移動者”だという。旅行者ではなく、“移動者”だ。出稼ぎの建設労働者、大陸全土から集められた海南経済特区建設のための技術者、ホテルマン、金融業者、不動産ブローカー、商人etc。なかにはマフィアもいるだろう。そこに大挙して、中国全土の美人が集まる??。この十年、この島の社会形成の過程は、そういう仕組みになっている。
 スモッグの広州から、空の便なら目と鼻の先の海口の五月の空気は澄んでいた。思ったほど暑くもない。簿曇りだがさわやかだ。「今天、天気真好」(今日は、すばらしくいい天気ですね)。一年を通じて晴天に恵まれるこの島では、薄曇りの日を、とくに「天気真好」というのだと張さん。張さんは続ける「海南の人口動態は、お説のとおりで、活気のあるところには美人が集まってくる。中国の諺に“樹揶死、人揶活”があります。樹は動かすと死ぬけれど、人は動くと活気が出るという意味ですね」と。
 中国は、文の国である。なかなか味のある言葉ではないか。一九八○年代から今日にいたる海南開発のダイナミズムを表現するには短いがぴったりだ。
 張さんの作った“旅・遊”の日程に従って、海南の旅を続けた。海口から三亜にいたる二泊三日のかけ足紀行である。この随筆は観光の案内書ではないので、お定まりの名所旧蹟の話は省略する。
 でも特筆すべきことが、三つある。
 第一は、景観についてだ。
 この島の潜在的な観光資源は、ハワイを上回るかもしれない。本土の中国共産党の大幹部や新興企業家たちの避暑地として有名だが、島の南端の三亜にある亜竜湾の白砂と碧い海の浜辺は、オアフ島のワイキキやリオのコパカバーナより上位にランクされてもよい。趙紫陽・元党総書記がこの島を観察して「ハワイより上だ」といったそうだが、彼がハワイに行ったという記録はない。でも、これは、ハワイ出張七回の記録をもつ私が保証する。この浜辺には、プライベートビーチがある。五つ星の三亜凱華度假酒店(GLORIA RESORT HOTEL)の泊まり客專用だ。日本にはホテル専用の浜辺などはない。どちらが社会主義国なのか??。二月の旧正月には大陸の大金持ちが押しかけ、宿泊費は、プレミアムがついて三倍にもなるとか。

“自己身体不好”とは!
 第二は、生猛海鮮の美味なることだ。
「食は広州にあり」というが、海鮮料理は海南の三亜が最高である。しかもとびきり安い。平鯛、アワビ、車エビ、ムール貝、ウニ、石斑魚(すずき)で、白酒をしこたま飲んで、一人二千円だった。
 第三は、海南は、中国で五番目に指定された経済特区だが、中国一の“娯楽特区”でもある。ナイトクラブ、カラオケ、サウナ、その他何でもありだ。“その他”のほうは、例の海軍病院の広告に恐れをなしたわけでもないのだが、趣味に合わないので、張さんに「不要」を連発した。
「あのね、女性を金で買うのは良くないことだ」とか、なんとか恰好のいい訓示をしたら、「先生、あなた偉い人です」と本当に尊敬してくれた。でも若い張さんは“不完全燃焼”のようでもあった。
 そこで考えた。大陸の中国人にとって海南島とは何ぞや? である。
「不到北京不知道自己官小。不到深●(土へんに川)不知道自己銭少。不到海南不知道自己身体不好」。これは海南に行くと言ったら、中国の学者が私のメモ帳に書いてくれた知識人の間ではやっている現代中国の金言の一節である。北京に行かないと、己れの官位の低いのがわからぬ。深●(土へんに川)に行かないと、己れの持つ金が僅かであることがわからぬ。前の二節は、私でも読解できる。問題は海南だ。「海南に行けば己れの身体が虚弱であることを思い知らされる」という意味だと張さん。この人、まだわからない? そして破顔一笑。「中国各地の美女が集まって、毎夜楽しくて、面白くて身体がもたない」。張さんはそう解説してくれた。
「そこまで言わせるの……」。彼の顔には明らかにそう書いてあった。
 



日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION
Copyright(C)The Nippon Foundation