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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: いまモンゴル国は? チンギス・ハンの草の国(4)  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる   
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 1997/11/04  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  大統領と“おしん”談議
 モンゴルの首都ウランバートル市を、北の市街地と郊外に仕分けるかのように、東西に一本の鉄路が敷かれている。東は北京、西はイルクーツク経由モスクワにつながっている。ローカル列車を含めても、一日に十本程度しか走らない路線なので、車を降りてしげしげと軌道の幅を観察した。一見したところ、日本の新幹線並みの広軌である。
 北京までは二泊三日、モスクワまでは四泊五日もかかる国際列車が、週に何本か走っている。私は幼少のころから鉄道の線路の幅に興味をもっている。英国の技術導入で新橋を起点に誕生した日本の鉄道が、英国植民地と同じ仕様の狭軌であったために、遅くて揺れのびどい不効率に永久に悩まされることになった??と何かの本で読んだからだ。以来、海外に出かけると、ついレールのゲージに目がいってしまう。
 通訳のゲレルマ女史に調べてもらったところ、モンゴル国の鉄道のゲージは、ロシアと同じ一・五二メートとのことだ。それもそのはずで、清朝の圧迫から逃れるための窮余の一策で、ソ連の助けを求め、一九二四年に世界で二番目に古い社会主義国になったのが、この国である。だから軌道の幅も、当然のことながら同一なのだ。中国とは寸法が異なる。中国の鉄路の幅は一・四五メート。JRの在来線よりも広いのだろうが、国際列車として北京?ウランバートル?モスクワを運行するには、台車を交換する必要がある。
 その作業は、中国とモンゴルの二つの国境の町、二連浩特とサミン・ウデで行われる。クレーンで客車を持ち上げ、それぞれ両国の軌道の規格に合う台車に載せ替えるのに三時間もかかるという。国際列車は一九三〇年にモスクワと、そして中華民国(当時)がモンゴル国の存在を公式に承認した四六年に北京との間に開通した。
「日本から飛行機で来ると、モンゴル国の地理上の位置の実感が伴わない。飛行時間は四時間二十分、時差は一時間しかないからね。こうやって鉄道線路をみると、この国の置かれた地政学的条件がよくわかるね」
 ゲレルマ女史に水をむけた。
「そう。政治的にはとても難しい場所にこの国は存在しているの。チンギス・ハンの時代は、武力が圧倒的に強かったから、陸続きであることが有利に作用して、西はクリミヤ半島まで、東は北京まで占領した。でも、今は逆に国境の維持に気をつかっている。九二年秋にはモンゴル駐留ソ連軍が撤退し、友好協力条件をロシアと結び、中国ともイデオロギー色のない同じ内容の条約を結んだ。日本のように海があればいいけど、陸続きの隣に二つ大国があるから……」
「この国に海軍はあるの?」。つい、悪い冗談が出てしまった。彼女は無言だった。一瞬、ムッとしたのだろう。だが同じ質問をこの国の治安関係者にしたら、「YES、われわれは小規模のNAVYをもっている」と予想外の返事が戻ってきたのだ。この人の解説によると、モンゴルは国民皆兵制で、三万人の軍隊をもっており、このうち治安担当の国境警備隊が一万人で、そのなかにNAVYが所属している。船は米国製のモーターボートで、訓練は極東ロシアのナホトカでやっているとのことだ。
「私の小学校の同級生が、NAVYの司令官だ。駐在地は中国国境のホロンバイル湖で、三分の二の水域がモンゴル領、三分の一が中国領だ。この男がとても出世が早くてね。エッ。どうしてなのか?いつも手柄を立てているから。この男の任務は国境を守ることで、中国の漁民が魚を獲りにモンゴルの水域に入ってくるのを年中追い払う。中国のおかげですよ。何も事件がなければ軍隊では進級はしないからね。ハッ、ハッ、ハッ」
 この人、なかなか機知に富んだことをいう。祖先が遊牧の民だからなのか、それともジョークや逸話好きのロシアで教育を受けたからなのか、そのあたりのことはわからない。とにかくモンゴルの知識人は、おしなべてウィットがあるようにお見受けする。
 地政学的にロシアと中国の狭間にあるモンゴル国。国会議員のバトウール氏に、この国の安全保障、戦略の要諦は何か? と尋ねてみた。その答えは明快であった。
 「社会主義の時代は片方の国にべったりとくっついていた。しかし、九〇年以降は両大国の中間に位置するよう心がけている。中口関係については、「あまり仲が良いのも困るし、逆にあま仲が悪いのも都合が悪い。真ん中あたりがいい」とおっしゃる。
 典型的なバランス・オブ・パワー論だと冷やかしたところ、ニヤリと笑ってこう言ったのだ。
「モンゴルの国旗を知っているかね。両端が赤色で、真ん中が青色で、黄色の紋章がついている。この国旗の意味は、両側の赤がロシアと中国で、真ん中にはさまれている青がモンゴルだと解釈する人もいるよ。これは皮肉っぽい言い方の好きな人の見解だけど……」
 モンゴル国旗は、本当は何を表現しているのか。後刻、この国のパガバンディ大統領を表敬訪問した際、国家元首に対して重々失礼とは思いつつも、この国旗論争を持ち出してみた。濃いマユがつり上がり、どじょう髭をたくわえ、馬に乗せたらチンギス・ハンを連想させるような精悍な風貌の大統領は苦笑しながらも、率直な答えを返してきた。
「それはよくない冗談だ。そもそもわが国の国旗のもつ意味は、モンゴル憲法に明記されている。これはモンゴル人の心の統一の象徴だ。右側の赤はウランバートルだ。モンゴル人にとって、赤は天に上るという意味だ。黄色の紋章のもつ意味かね? それをあなたにわかってもらうには、馬乳酒のオケをかこんで一晩飲み明かす必要がある。また、いらっしゃい」
 なかなか豪快である。この人が好きになった。通訳が優秀(日本側ゲレルマ女史、モンゴル側外務省通訳の若い女性、日本人にそっくり)だったこともあって、話がはずんだ。「朝暗いうちに遠くまで自分の馬を集めにいく。これがモンゴル人の男が一番幸せと感ずるときだ。生産活動の始まりだからね。市場経済を基礎とした民主主義国に変身したモンゴルは、先進国を見習って経済発展をとげていく。しかしね、外国から大勢の開発経済学の先生がやって来たけど、日本のテレビドラマ“おしん”に勝る先生はいなかった。この国はチンギス・ハンの国だから、どのヒツジが良いのか、見分ける力をもっている。モンゴル人に市場経済とは何か、そして辛抱して働くことを教えたのは、やっぱり“おしん”だ」
 おしん談議に花が咲き、会見時間は予定より三十分も延長された。
 



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