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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: オランダで岡崎久彦の著書を読む  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる   
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 1997/02/25  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  平和主義国オランダ
 鬼探しに世界を渡るとき、私はその国のことを書いた日本語の良書を携えることにしている。イスラエルに旅した際は、阿刀田高氏の『旧約聖書を知っていますか』を持参し、飛行機や現地のホテルで熟読した。風呂の中でも読んだので本がボロボロになったが、臨場感があるので、頭によく入る。読後に現場を実地に見聞するのだから、なおさらのことである。
 先日のオランダ紀行では、岡崎久彦氏の『繁栄と衰退と??オランダ史に日本が見える』を持っていった。岡崎氏とはここ四半世紀のおつき合いであり、常日ごろ氏の卓見に敬意を表していることと、本書の序章の書き出し「現在の日本人にとって十七世紀のオランダ史は恐ろしい歴史である」とあるのを見て、取り急ぎ旅行カバンにこの本を詰め込んだのである。
 岡崎氏が本書でいわんとしていることは「オランダ史を通読し、十七世紀の英蘭戦争のくだりとなると、ところどころ現在の日本が置かれている国際環境と思いくらべて背筋に冷水を浴びる気持ちがして、思わず頁を閉じて日本の前途に思いをめぐらしたくなる個所が多々ある」ということだ。つまりオランダ史を読むと、経済と技術の優位がいかに他国の嫉視の的になり得るか、通商国家の脆弱性とは何か、他国の嫉妬は戦争を避け難くする原因となり得る、単なるひとりよがりの平和主義は、戦争を抑止しないばかりか、他国の攻撃のひき金となり得る??ことを岡崎氏は訴えているのだ。
 オランダ史の探求は碩学の岡崎氏の分野であり、紀行文、「渡る世界には鬼もいる」の直接のテーマではない。しかも、十七世紀のオランダと今日の日本のおかれた国際環境の類似性について論ずるには、現代のオランダを調査するのではなく、十七世紀のオランダの学習とあわせて、今日の日本への認識をわれわれ自身がもっと深めるのが筋なのである。
 とはいうものの、今回のオランダ訪問で、岡崎氏の著書がどうしても気にかかった。名所旧蹟を訪ねるときも“岡崎式十七世紀オランダ観”の眼鏡で見てしまうのである。ロッテルダムとハーグの中間にあるデルフト(DELFT)は、白とブルーのおなじみオランダ陶器の名産地だが、そこに国際法の父とよばれるグロチウスの銅像がある。グロチウスは一六〇九年に海洋の自由を論じた論文「MARE LIBERUM」を発表した人だが、岡崎説によれば、それはまさに当時の「平和主義国・オランダ」の産物だという。右手に平和主義、左手に経済力に支えられた「自由航行主義」を唱えつつ、ロンドンのテムズ河口にまで漁船が進出した。グロチウスによれば「海は無主物」であったからだ。これが英国の嫉妬を買い、英蘭戦争のひき金となり、その結果オランダは敗北したという史実がある。
 たしかにこの史実は、現在の日本に似ている。「平和主義」という戦後の倫理観を右手に持ち、安保に只乗りし、強い経済力をバックに自由貿易主義を唱え黒字を累積、その結果、他国の嫉妬の的になっている??グロチウスの銅像の前で、ふとそんな思いにかられた。オランダで「岡崎教」の“信徒”となるの巻である。
 なんと変てこな旅行者であることか。そんな思いで、グロチウスの銅像を見るオランダ人はもちろんいない。私を案内してくれた英語のうまいオランダ人は、グロチウスが何物であるかさえ知らなかったし、グロチウス像は、ハトのフンまみれであった。書物をたずさえた立像の手の部分には、だれかのいたずらか、ラムの空ビンが置いてあった。オランダの十七世紀は遠くなりにけりだ。
 では、現代のオランダはどうなのか。岡崎氏の書く十七世紀オランダのように「自分の安金のために同盟は欲しいが、国際政治における政治的コミットメントはしまいと逃げまわった。オランダは真の同盟という観念をもっていない」のか。基本的には現代オランダ王国はそうではない。NATO加盟国であり徴兵と志願制を併用し、国連防護軍には積極的に戦闘部隊を派遣し、NATO軍としてドイツに三千人の部隊を駐留させている。
 その点、日本よりも軍事同盟の義務履行に積極的である。だが、国防面のどこかに昔の平和主義、自由主義の伝統が残っているのではないか。案内のM角柄女史にそのことを尋ねたら、「前首相のルベルスさんが、NATOの事務総長に立候補した際、アメリカの拒否にあってダメになった。“オランダは平和主義過ぎる”というのがその理由らしい。オランダ軍は長髪やイヤリングをつけた兵士も大勢いるし、他の欧米諸国からみると一風変わっている軍隊と見られている」というのだ。
 同文同種のアングロ・サクソン(英と米)に言わせると、やはり角柄説は正しいらしい。ロッテルダムの本屋で見つけた『UNDUTCHABLE(変なオランダ人)』という本の「オランダ国防体制」という章を開いて見たら、案の定であった。
 長髪、イヤリングOK、労働時間は厳重に守られ公休あり。ゲイも0K。将校でさえも労働組合契約あり、とある。「軍隊とは自主性に基づく規律が要求される社会であり、上からの演説で統制されるべきではない。構成員は最大限、“自分自身”の存在が尊重されるべきである。これを“アナーキー”(無政府状態)という奴がいるが、オランダではこれを“文明”と呼ぶ」という国会議員の談話までついていた。
 NATO加盟十六カ国は軍紀維持のため協調行動をとっているが、オランダは例外だとのこと。NATO最高司令部ではなく、オランダ国防大臣が直接、兵士の苦情を聞いたり、精神面のカウンセリングをやるのだそうだ。
「有事」の際は、いったいどうするのだろうとよけいな心配もしたくなるが、そんなことをいう資格がわが日本国民にあるのか??といわれそうなので、これ以上は触れないことにする。
「渡る世界には鬼もいる」。旅をして、人々と会話したり、現地の新聞・雑誌あるいは本を読むと、いろいろな発見がある。三回のオランダ連載で、紹介したストーリーの中から、日本・オランダの共通性と相異性を並べてみた。
 共通性=生の魚を食う。通商国家、平和主義。
 相異性=オランダは自己主張の国、日本人は自己主張が下手。オランダは英語力抜群、日本人は世界ランクで中位。
 これからの日本がオランダに似てきそうなポイント=過度の自由と民主主義、過度の福祉国家、女性の権力がますます強くなる。
 



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