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著者: 歌川 令三  
記事タイトル: 李登輝総統と会う“複雑系”の島国紀行(中)  
コラム名: 渡る世界には鬼もいる   
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 1997/04/08  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  二つの制度と二つの実体
 李登輝総統と会った。この人と会うのは実は二度目である。この前は一九九五年の二月、中国の江沢民主席が台湾に対し八項目の提案をした直後だった。その内容は1)台湾の李登輝総統と直接会談したい2)双方の敵意を緩和し、また台湾の対中国投資の保護を約束する3)台湾が独立の方向に動くなら中・台再統一はなくなり、中国は武力進攻も辞さない、というものだった。
 あのとき、李登輝さんが私にこう言ったのをはっきり覚えている。「いまは政府内のトップ同士が直接対話をするのではなくて、経済・文化の民間交流を、もっともっと促進する時期でしょう。第一、もし私が青天白日旗のマークのついた飛行機で北京を訪れるとしたら、彼らは受け入れてくれませんよ」と。この人は、台湾の民進党のように台湾独立論者ではない。“一つの中国”論者なのである。ただし中国のいう「一つの中国、二つの政治制度」とは異なる。李登輝氏の率いる国民党の主張は、「一つの中国」ではあるが、「二つの政治実体(POLITICAL ENTITY」なのだ。
 中国のいう「二つの制度」と李登輝氏のいう「二つの実体」は、たった二文字の違いが、深層心理の中で何を意味するのか。それは後述するとして、あのときの李氏との会見の翌日、台湾の行政院長(総理大臣)は、国会で江沢民主席の呼びかけに対し、1)台湾を政治実体として認め、国際社会における台湾の生存権を尊重せよ2)再統一は、両者の政治制度、経済制度のあり方が、そのようなことを可能にしたときはじめて、現実のものとなる??と、事実上、「NO」の回答を発表した。
 さて、今回である。李登輝さんは、私の会った以前よりも、元気そうで、より自信に満ちている様子だった。民主的選挙で選ばれた台湾史上、初の大統領であるという“正統性”が、そうさせているのかもしれない。
 私はこう切り出した。「二年前にお会いしたとき、“大統領選に出馬するつもりですか”とお尋ねしました。そのとき、私自身は出馬したくない気持ちだ。周囲の人々はどう考えるか。つまり白紙ですよ、とお答えになった。でも、私は総統は出馬するだろうと読んでいました。あのときのことを記憶されていますか」と。
 李登輝さんとの会話は日本語で行える。台北高校、京大農学部、そして戦後、米国のコーネル大学で学んだこの台湾大統領は、台湾語(福建語に近い)、北京語、英語、そして日本語を話す。この人の日本語は格別である。カントや西田幾多郎の哲学論が頻出し、たじたじとさせられる。おそらく、本人は日本語で、ものごとを考えているのかもしれない。
「ああ、あのときのことねえ。私はね、あることを考えていた。それは人間の弱さということです。政治はクリーンなものではないでしょ。そのなかで学者出身の李登輝はやっていけないのではないかと真剣に心配してくれる人々がいた。司馬遼太郎さんも、その一人でしょ。大統領という仕事にどれだけ耐えていけるか、それを私は思案していたのだ。そして“真っ裸になる”ことだと悟った。中国語では“身段下”という。危機に際しては、身を低くして虚心でことに当たるということです。“身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり”。そうこれは禅の境地だね。私は強くなった。国をよくしたいの一念でね」
 李登輝総統によれば、選挙以前と選挙後の変化は、自分が大統領としての正統性をもったこともさることながら、台湾の政治・社会・経済制度が、国民の投票によって“納得”されたことが最も大きな意味があるという。中華民国第二共和制到来だという。
 一番、微妙な質問を試みた。
「台湾の将来は、どうなるんですか」と。
「独立を宣言する必要は、まったくありませんね。かといって中国大陸と国家統一をするわけではない。FEDERUL CHINAとか、COMMOWEALTH OF CHINAとか、そういう国家形態は考えられるけどね」
 李登輝さんの頭の中にある“一つの中国、二つの政治実体”とは、こういうことなのである。中華人民共和国も「一つの中国」といっている。だが、それは“二つの政治制度”は認めるものの、あくまで香港方式の“吸収合併”である。台湾は「主権」を維持しつつ、中国との連邦国家方式を頭に描いているのだ。両者の“一つの中国”の定義は根本的に異なる。だから、「両岸の統一の日」はまだ見えてこない。
 台湾の有名なジャーナリスト、ミスター司馬と「両岸統一」とは何を意味するのか話をした。彼はハワイ大学の東西センターに留学した日本語を話さない世代の人だ。米欧の新聞が、台湾の識者の見解を紹介するとき、いつも登場する常連だ。
 彼は私に、台湾料理屋のナプンペーパーに、三つの建築物の絵をかいて見せた。ひとつは、大きなビルと小さな家が高い垣根を隔てて、隣り合っている図柄。第二は、ひとつの大きなマンションがあり、その一室に台湾省の看板がかかっている図柄。第三は、ひとつの敷地の中に、二軒の家が建っていて、二つの家をつなぐ渡り廊下らしきものがある。
 ミスター司馬は、「台湾の考えているひとつの中国とは、三番目の図柄なんだ。台湾は中国とは同じ家族なんだが、別の棟に住むのだ」という。第一の図柄は、中・台の現状、第二は、中華人民共和国の描く両岸統一の未来像である。
「三番目のなにやら楽しそうな建築物は、いつできるのかい」
「いや、それは現在のところ、いつになるのか予測不能だ」という。
 私の手元に台湾の大陸問題委員会が実施しているアンケートの資料がある。九六年十一月調査が最近のデータだが、中国大陸との関係をどうするのか? 台湾の人々の考えは千差万別である。
 1)一日も早く統一せよ=八・九%2)統一を頭に置きつつ現状を維持する=三一・五%3)現状維持を続ける。そして将来、統一か独立か、どちらかを選ぶ=二一・八%4)無期限に現状を維持する=三・二%5)現状を維持しつつ、独立を模索する=一四・五%6)ただちに独立を宣一言する=八・七%7)わからない=一一・四%。
 この調査結果をどう読むか。一つだけ言えることがある。ともかく現状を維持して、様子を見ようと考えている人が七〇%を占めている。もうひとつは、時期はどうであるにせよ、「統一」を頭に描く人が、「独立派」を大きく上回っていることだ。
 九六年の選挙で李登輝さんが、大統領に選出された背景は、まさにここにある。
 



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