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著者: 高木 純一  
記事タイトル: 油濁汚染と海洋生物の救護・保全  
コラム名:    
出版物名: 海と安全  
出版社名: (社)日本海難防止協会  
発行日: 1999/01  
※この記事は、著者と日本海難防止協会の許諾を得て転載したものです。
日本海難防止協会に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど日本海難防止協会の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   みなさんの中にも、あの日本海でのナホトカ号事故以降、海洋での油流出事故があるたびに鳥類や海棲哺乳類などの保護や研究に携わる人々が、事故現場で活躍されているのを見かけられた方もおられるのではないでしょうか。
 きっと現場では「この大変なときに鳥でもあるまいに……。」と思われたことでしょう。そう思われた方々は、「みなさんはなぜ油流出事故の防止と対応のために、そんなにも多くの資金と労力をかけておられるのですか?」と問われたならば、何とお答えになりますか。その答えがお分かりになれば、もうなぜ鳥なのかなどとは思わなくなるでしょう。
 この答えは、みなさんも必ず一度は目を通される「国連海洋法条約」に明記されているのです。条約では前文にこの目標として「この条約を通じ、すべての国の主権に妥当な考慮を払いつつ、国際交通を促進し、かつ、海洋の平和的利用、海洋資源の衡平かつ効果的な利用、海洋生物資源の保存並びに海洋環境の研究、保護及び保全を促進するような海洋の法的秩序を確立することが望ましいことを認識し、」として海洋環境の保護および保全の重要性を掲げています。
 これを受けて条約の本編では、第一二部海洋環境の保護及び保全と題して、第一九二条から第二三七条までを割いています。詳しくは条約の当該条項をご覧いただきたいのですが、条約締結国は稀少又はぜい弱な生態系及び、減少しており、脅威にさらされており又は絶滅のおそれのある種その他の海洋生物の生息地を保護し及び保全するために必要な措置を取る責任を負うとも記されているのです。
 水産国の日本では、油濁事故防除の主たる目的は漁業被害防止にあるようです。これに対して先進国諸外国では、生態系保全がその目的とするところです。
 国際的によりメジャーな考え方とは、国連海洋法条約にあるように、海洋生態系は私たち人類存続のために必要な生物資源としての財産であるととらえています。
 私たち人類も生態系の一部を構成している生物であり、人類が生きていくためにはさまざまな他の生き物との関わりなくしてはいられません。この海洋生態系とはどのようなものかというと、極めて単純化すれば、よく見聞きする食物連鎖のピラミッドということになります。
 この底辺がプランクトンやゴカイなどの底棲生物などであり、その頂点がサメなどの大型魚類やウミガメなどの海棲爬虫類、シャチやトドなどの海棲哺乳類、そしてウミウなどの海鳥ということになりいます。
 これらの生態的に高位にある生物は下位の生物に何らかの問題が起こるとその影響を受けやすく、これら高位にある生物の中で特に影響の確認がしやすい海鳥や海棲哺乳類は、一つの指標生物として扱うことができます。
 従って、これらの海鳥などの被害を調べることにより、下位にある魚類などが受けた被害を想定しうることにもなる訳です。漁業自体も海洋生態系の一部である魚介類を収穫することを鑑みれば、生態系全体を保全することは、漁業の将来を保全することにつながります。
 ひいては人類存続の要件ともなるのですが、日本では海洋汚染被害に対する認識が、非常に狭義に論議される傾向があり、このため野性生物への油濁被害の防除について、ともすると感傷論としてとらえられることが多いのです。
 ましてや絶滅が危ぐされているオオミズナギドリやウミスズメ類のような海鳥への被害となると条約にある通り、その保護及び保全は国家の責務です。
 この数十年、油流出事故が野性生物の個体数やその生息地に壊滅的な影響を与える可能性があるということが認められています。
 エクソンバルディーズ号の流出事故だけでも、三〇万から六四万羽の海鳥、三、五〇〇から五、五〇〇匹のラッコ、そして数百匹の鰭脚類が直接の影響で命を落としたと推定されています。他の流出事故では、その深刻な油汚染が北海やカリフォルニアの沿岸に生息していた海鳥の個体群を絶滅させています。さらに油流出事故が潮間帯に生息する生物と底棲生物の個体群を壊滅させることも珍しくはありません。
 すぐに生じる被害は前記のとおりですが、表面化しにくい二次的な被害も深刻なものです。例えば油で汚染された貝が、それらを捕食する鳥や潮間帯に生息する動物などを汚染します。海鳥への致死量にまで達しない汚染は繁殖を妨げ、その個体群の被害から回復能力を低減させます。
 どんな影響であっても絶滅危惧種やその餌、生息地に関係してくると、特に事態は深刻です。そこで野性生物とその生息地に対する、油流出事故の影響とその影響を最小限に抑えるのにはどうすればいいのかといったことに焦点を当てることが重要なのです。
 失われた収入や財産への被害なら補償金で迅速かつ簡単に償うことができます。しかし、被害地の野性生物の個体群や生態系は回復するのに数年、数十年かかりますし、種は絶滅してしまったら二度と回復することはありません。
 ナホトカ号油流出事故のときには、政府やNGOの野性生物の保護対応のあり方に懸念すべき欠点が目につきました。今後同様の油流出事故が起きたときには、野性生物の保護に今回よりも高い優先順位がつけられ、野性生物が事前に計画された高度な保護体制の恩恵を受けることを望みます。

ナホトカ号油流出事故による鳥類被害(1997.1.8〜3.31)

 
 



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