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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: ゴルバチョフ元ソ連大統領 2)  
コラム名: 地球巷談 24  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 1997/06/15  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  16万5千人の子供を診療
 チェルノブイリ原発事故が起こって三年目の一九八九年、当時ゴルバチョフ大統領の主席顧問だったヤコブレフさんが来日した折、私たち日本財団に救援活動の依頼がありました。
 そこで九一年、大統領訪日の際、物資運搬用の最大級の軍用機、アントノフを同行飛来させるようソ連政府に申し入れたのです。成田に旧ソ連邦の軍用機が飛来したのは、恐らくこれが最初で最後だったはずです。
 軍用機に、診療用のバス五台と医療品や器具類を積み込みました。こうして五年間、総額五十億円のチェルノブイリ笹川医療協力プロジェクトがスタートしました。
 このプロジェクトの眼目は、放射能の影響を最も受けやすい被曝当時零歳から、十歳の子供たちの検診に当ることで、五年間で十六万五千人の子供たちを診療しました。検診した子供たちのうち、白血病の発症が二人、六十人に甲状腺(せん)がんがみられました。日本と比較しても、確かに汚染地域の子供たちの甲状腺がんの頻度は百倍にも達しています。
 ただし、現在のロシア、ベラルーシ、ウクライナの三つの共和国にまたがる汚染地域はヨードの少ない地質なのです。果たして放射線によるものか、あるいはヨード不足からくる地域特有の風上病的なものなのか、その因果関係を明らかにすべく長崎大学出身の若き医師、木村恵子さんがベラルーシに常駐し、解明に努めています。もちろん、五年間にわたった私たちの検診結果のすべては報告書にまとめ、世界保健機関や国際原子力委員会に提出しましたが、その内容は高い評価を得ています。
 診療検査には広島、長崎両大学の放射能医学の先生方があたられました。被曝線量を計測するホールボディー・カウンターなどの器具も最新鋭のものが投入されました。加えて、現地医療スタッフヘの指導という仕事もありましだ。文字通り、寝食を忘れての日本人医師の活動があったのです。今ひとつ忘れてならないのは、終始裏方に徹し、プロジェクトの調整役を果たした三人のスタッフの存在です。一人は笹川記念保健協力財団のチェルノブイリ対策室長、槙洽子(ひろこ)さん。主婦業をこなしながら彼女は合計三十八回も被曝地域を訪れました。そして、この槙さんを現地で手助けしたのがイリヤ、ストリージャックの二人のロシア人青年でした。
 また、エアロフロートの全面協力もありました。なんと六十回も無償で日本からの医薬品輸送を引き受けてくれたのです。旧ソ連邦時代、そして独立国家共同体移行後を通じて、私たちの仕事は最大規模の民間支援だったのです。
 



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