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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 『三屋清左衛門残日録』藤沢周平著(文芸春秋)  
コラム名: 私の一冊   
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 1998/03/23  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  中高年世代に生き方のヒント
 読書量の少ない昨今だが、平成元年に文芸春秋から刊行された『三屋清左衛門残日録』は再読三読し手元に置いてある。一読以来、私は主人公、三屋清左衛門の生きざまに共感、以来、藤沢周平氏のファンとなった。
 最近、中高年の方々の生活のあり方が問われている。特に企業戦士として戦い抜いた人々が定年という人生の節目を迎え、第二の人生への指標を失い寂寥(せきりょう)感に苛(さいな)まれ、自らを絶つといった話を聞くにつれ、男の「生きがい」とはなにかを考えている最中、たまたま手にしたのがこの本であった。
 時代は江戸期、主人公の清左衛門は、ある小藩において順当に登用され、用人を最後に隠居、妻は亡くしたものの、二男二女は今流にいえばそれぞれが独立、悠々自適の生活に入る。が、自らが老年に入りつつあるとの思いを時々に感じざるをえない。
 清左衛門はそうした「落日の思い」を胸のうちに秘めつつ、次々に友人が持ち込む諸事難問をさばくことで第二の人生を生き抜いてゆく。清左衛門のさばき方には、年輪に裏打ちされた惻隠(そくいん)の情味がある。小料理屋「涌井」の女将(おかみ)、みさとの淡い思い合いが彩りを添える。
 標題にある残日録の意味合いは『日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ』である。藤沢周平氏は作中で『いよいよ死ぬるそのときまでは、人間はあたえられた命をいとおしみ、力を尽くして生き抜かねばならぬ』と清左衛門に言わせている。ここには自らを励まし生き抜こうとの「生きがい」の根本があり、また「落日の思い」を諦念(ていねん)に据えた一つの死生感がある。
 リストラ、加えて価値観が多様化する今日、環境厳しい中高年世代の生き方について、清左衛門の生きざまは一つのヒントを与えてくれるのではなかろうか。かく言う私も来年はじめには還暦、清左衛門のごとくありたいと思う。
 



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