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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 人に優しく?「自然保護」のジレンマ  
コラム名: 自分の顔相手の顔 103  
出版物名: 大阪新聞  
出版社名: 大阪新聞社  
発行日: 1997/12/09  
※この記事は、著者と大阪新聞社の許諾を得て転載したものです。
大阪新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど大阪新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   北海道拓殖銀行や山一証券の“倒産”は、そこに勤めている人たちのことを考えると胸が痛むが、日本人全体にはいい警告であった。
 この欄で前にも書いたことがあるような気がするのだが、そもそもこの世に「安心して暮せる」などということは決してないのである。政治家はよく「安心して暮せる社会を作る」という約束をするが、それは根っからの嘘つきか、人生を見る眼がないか、日本語をよく理解していないか、のどれかだから、その言葉を使ったというだけで、もうその政治家は嘘つきか教養がない人である。
 「地球に優しい」という表現を使うマスコミも、相当に不勉強だ。私の知る限り、途上国の多くの人々は、未だに薪で食事の仕度をしている。一束は、日本人から見てもかなり高い。「どうして電気やガスを使わないんです?」という日本人の若い世代がいるから、いやになるのである。電気もガスもないからそして油も高いから、一番手近なところにある木をたたき切って薪にしてしまうのである。植林をしたって、木が大きくなるまで、皆が共同責任で管理するなどという社会はほとんどないと言っていい。一人が切り始めれば皆が我がちに切る。
 地球に優しくする前に、我々は人に優しくすることを考えるべきだ。どうしたら彼らに炊事用の燃料を与えられるかを考えずに、森を切ってはいけない、という人こそ、最も優しくない人である。何しろそういう土地には日本と違って、燃料のいらないパンも、コンビニの弁当も売っていないのだから、燃料で調理せずに口に入る食物は、バナナか果物しかない。バナナと果物さえない地方も、地球上には多いのである。
 現状はいつか必らずくずれる。老後の保証などというものは考えられない国がほとんどだ。しかし、そういう国には又別の解決策がないではない。私たちの言う老人などが、それらの土地にはほとんどいない。平均年齢が五十歳に満たない土地が多いからだ。そういう土地では一族の誰かが、必ずそれなりに老人を最期まで見る習慣がある。老いた親の世話は、国家や社会が引き受けるのが当り前だなどという発想こそ、人に優しくないのである。
 今、自然保護ということが情熱的に語られているが、先日ルワンダでいくつかのクリニックを訪ねて入院患者の病気をきくと、三人に二人はマラリアという感じである。私の働いている日本財団では、古くからライの撲滅のために、心とお金を使って来た。紀元二千年には、ライは大体、終息する予定である。次はマラリアに力を入れるべきだとわかってはいるのだが、どこから手をつけていいかわからないのが現状である。そしてマラリアはすべて自然を保護しているからこそ続いている病気だ。マラリア蚊は繁みや沼や低地を根本的に変えねばなくならない。地球に優しくすると人間には優しくないことも多いのだ。
 



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