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(6)「海賊」対策で世界をリード
 海賊対策事業は、海洋船舶部国内事業課の調査研究事業として日本財団独自の創意工夫により事業を推進した。その結果、関係機関や専門家の協力を得ながら、国内はもとより海外においても海賊対策の中心的機関として位置付けられるに至った。
 1998年9月、日本船社が運航する貨物船「テンユウ号」(パナマ船籍)がマラッカ海峡内航行中、海賊にハイジャックされる事件が発生した。かねてから、東南アジア海域に海賊が多発していることは知られていたが、日本関係船舶の被害の実態は把握されていなかった。
 本財団は、1999年4月、国内の船社を対象として海賊被害の実態調査を行った。その結果、1998年の1年間で20件もの被害が発生していることが判明し、海賊対策の必要性が明らかとなった。
 1999年7月、海賊に対する知識と情報の共有を目的に国内船社の海賊対策者が一堂に会する海賊対策実務者会議を主催し、海賊に対する情報交換・連携の場を提供するとともに、インタネットのホームページ上に「海賊情報データーベース」を開設し、リアルタイムに海賊情報の提供を行った。
 同年10月、日本人の船長・機関長が乗船する貨物船「アロンドラ・レインボー号」がハイジャックされる事件が発生。本財団は、我が国における海賊対策の中心的役割を担い、国際商業会議所国際海事局(IMB)など国際組織と協力し、情報収集活動を行った。また、11月には、事件の再発を防ぐため、国内外の専門家を講師として招聘し「海賊対策セミナー」を開催。セミナーは、急遽開催したものであったが、160名もの参加者が来場し、問題意識の高さを表していた。
 2000年2月、海賊対策の具体的な提案として、船会社、船長経験者等と協力し、安価でメンテナンスが簡単な海賊警報装置「とらのもん」を開発、16隻にモニター配備を行った。「とらのもん」が装備された船は、全く海賊被害に遭わず、効果を発揮している。また、アジア海域において複数の国の領海にまたがって出没する海賊に対処するため、アジア各国の海上保安当局間の連携・協力を提案し、同年3月にシンガポールにおいて開催された海賊対策国際準備会合、4月に東京で行われた海上保安庁長官級会議の開催を支援。その後も同年11月、マレーシアでの海賊対策専門家会合、IMB主催の海賊対策セミナー等を支援し、海の安全に関する国際協力の新しい枠組みづくりを行った。
 本財団がイニシアチブを取り進めてきた海賊対策は、現在、海上保安庁においてアジア各国との連携訓練などの活動、外務省が進めている海賊対策地域間協定の締結へと国家的、国際的な動きにつながっている。
 
インド・コーストガードの停船命令を受けるアロンドラ・レインボー号
(7)海洋環境保全のための油流出事故への取り組み
 1997年1月、日本海を航行中のロシア籍タンカー「ナホトカ号」が荒天により船体が分裂、沈没した。同号積載のC重油約6,240klが流出し、日本海沿岸部の広域に漂着、被害総額は漁業補償を含め約360億円に上った。このような大規模油流出事故は、海洋環境を汚染するだけでなく、漁業や観光など地域経済にも甚大な被害を与える。
 日本財団では、ナホトカ号事故発生時、緊急対策とし高粘度油対応の油回収資機材を海上災害防止センターに供与し、機材は福井県三国町をはじめとした日本海沿岸地域にて活用された。また、ナホトカ号事件の教訓を生かし、外洋における油流出事故に対応するため、大型高粘度対応油回収機「トランスレック」の購入資金を同センターに支援し、日本海と太平洋を結ぶ関門海峡に配備している。
 本財団は、設立以来、海洋環境保全の観点から流出油対策に積極的に取り組んでいる。1995年度、海上災害防止センターに対し油防除訓練施設(横須賀市)の建築を支援した。同センターは、流出油対策の我が国における中心的な機関として、豊富な経験と卓越した油防除に対するノウハウを持ち、毎年、国内外の流出油防除対策を実施する人材の育成を行っている。
 また、1997年には、大分県産業科学技術センターと海上災害防止センターとの共同で「杉樹皮油吸着材」の開発に着手した。「杉樹皮油吸着材」は、産業廃棄物として処理されている杉の皮を利用しているため、100%天然素材であり、製造・使用・処分を通じ環境への負荷がきわめて低い。2001年度には、国土交通省型式承認取得のための性能試験基準に合格し、一般への普及を目指している。
 そのほか、1993年から2カ年にわたり、ASEAN諸国に対し総額8億円の油防除資機材を寄贈するとともに、各国間の情報ネットワーク構築を支援し、東南アジア海域の海洋環境保全のための協力体制を構築している。
 
ナホトカ号による重油流出事故
 
世界でも画期的な設備を持つ油防除訓練施設
(海上災害防止センター)
 
杉の樹皮製油吸着材の実験模様
(8)海と人類の新たな関係を探る「国際海洋シンポジウム」
海の日から始まった海の憲法
 1994年11月、国連海洋法条約が発効された。同条約は、領海、排他的経済水域、深海底、海洋環境の保護および保全等の分野の規定を設け、海洋に関する権利義務関係一般を包括的に規律している。「海の憲法」とも言われる同条約が、わが国において効力を生じる日である1996年7月20日に合わせ、関連の国内法が施行された。
 1996年7月20日は、「海の日」が国民の祝日化された日である。海洋に関する新たな国際的秩序は、この「海の日」から始まることとなった。
 
国際海洋シンポジウム ’99
 
海は人類を救えるか
 21世紀に向けて人類が直面するさまざまな問題、例えば地球環境の保全、人口増加による食糧、エネルギー等の確保の問題解決には、地球の表面の70%を占める海を抜きにしては考えられない。海と人類は新しい段階に入りつつあることから、日本財団では、さまざまな分野で海の可能性を顕在化させることにより、地球規模の問題解決に対し、海洋国家日本が国際社会に責任を果たすうえで何ができるのかをテーマに、海と人類の新たな関係の構築を探る「国際海洋シンポジウム」を開催した。1996年7月に始まった同シンポジウムでは、国内外の海洋に関する学識経験者が一堂に会し、我々の身近にある海洋の役割、重要性について、さまざまな分野から論じられた。1999年まで4回継続して開催された同シンポジウムは、専門家だけでなく、若い世代を含めた幅広い層の市民が海の知識を共有し、海に対する認識を深め、市民が海と人類の未来について考えていくための一助となった。
 
’98テーマ「海洋国家としての日本」(上)
’99テーマ「未知なるものとの遭遇」(下)
(9)わが国の海洋文化を次世代へ
 日本の海洋文化を見直し、先人の知恵を後世に残し、社会に開き共有していくことは、海洋国家日本にとって欠かすことのできない重要な課題である。日本財団では、海や船への理解を深める場として海事博物館・資料館が身近になり、活用されるための支援を行った。
 
博物館等の「和船」資料のデータベースを作成
 各地の博物館・郷土資料館等の「和船」に関する資料は、価値がありながら十分な保存がなされていないものも多く存在している。これらについて、全国的・網羅的に保存状況の調査がなされたことはなかった。そこで本財団では2000年度から2001年度かけて、日本の海洋文化を伝えることを目的として、これら文化遺産とも言える和船に関する資料について、全国の博物館・資料館等2,900館からアンケートの回答を得て、博物館の収蔵品のデータベースを作成した。
 
木造船・船大工に関するデータベースを作成
 日本は四方を海に囲まれていることから、昔から漁業、物資等の輸送手段としての船は重要であり、自然や用途に合わせ、さまざまな木造船(和船)が建造されてきた。
 しかし、明治以降、近代化が進むにつれ、木造船は鉄船やFRP船に取って代わられ、次第に建造されなくなり、「和船」「船大工」「漁労習俗」等の社会的な資産とも言える貴重な資料が失われつつある。
 このため本財団では2000年度から2001年度かけて、「和船文化・技術研究会」を設置し、各漁協における木造船の残存状況や船大工に関して調査を行った。これらを社会遺産として後世に残すための方策を検討すべく、その実態が把握されていない木造の小型漁船について、全国の2,820の漁業協同組合を通じ現状を調査し、木造船に関するデータベースを作成した。
 
みちのく北方漁船博物館によるムダマハギ型漁船の復元建造
 
海事博物館ネットワークの構築
 2000年度より、北海道から沖縄までの全国海事博物館・資料館に地域の歴史・文化などの特色を強調した「海と船の企画展」の開催に対して助成を開始した。
 また2001年度より、各博物館の学芸員が情報交換するためのメーリングリストによるネットワークを立ち上げたほか、海事博物館のイベント、体験学習等の情報を提供するホームページ「海と博物館ネット」を開設した。
 
海と船の工作広場「丸木舟づくり」(船の科学館にて)
(10)交通分野におけるバリアフリー化の促進
 急速に進みつつある高齢化社会への対応と、障害者の移動の円滑化を図るための交通バリアフリー事業の推進を目的として、1994年、(財)交通アメニティ推進機構(※1)が設立された。
 日本財団では同財団を通じて、交通事業者に対する鉄道駅、旅客船ターミナル等でのバリアフリー化促進に必要なエレベーター、エスカレーターなどの設置に要する費用やノンステップバス導入費用など、バリアフリー化費用の助成を開始した。
 1995年1月の大地震により、阪神・淡路地区は壊滅的な被害を受けた。本財団は、先進的バリアフリーのモデル施設建設を提案し、バリアフリー化のために事業基金15億円を同財団に拠出した。この基金を活用して完成したのが、阪急伊丹駅と神戸港中突堤旅客船ターミナルである。
 特に、全壊した阪急伊丹駅の再建は、伊丹市の障害者関係団体からの要請を受け、バリアフリー化を追求したモデル駅として推進された。阪急電鉄、伊丹市、学者、障害者関係団体の協力のもと、計画から施設完成後の評価に至るまで、本格的な住民の参画が貫かれた国内初の事例としてバリアフリーとユニバーサルデザインを随所に取入れた全国的モデル駅として2000年11月に完成した。(神戸港中突堤旅客船ターミナルは、1998年3月に完成)。
 これら両モデル施設は、設置後も整備検討委員会によって事後評価が行われた。ことに阪急伊丹駅は、今日のターミナルのバリアフリー、ユニバーサルデザインの原点となったモデル施設として交通事業者、自治体等から多くの見学者が訪れている。
 エレベーター、エスカレーターなどの設置によるバリアフリー化の費用助成は、本財団による助成が引き金となり、1998年度から国費によって制度化されるに至った。
 国による助成制度発足以後、本財団は、国の制度では対象外のターミナル施設、離島航路に就航している船舶等を対象としてバリアフリー化の支援を行っている。
 2000年11月には、「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律(交通バリアフリー法)」が施行された。今後、交通施設のバリアフリーは急速に整備されることと思われるが、現状ではまだまだ多くの施設がバリアフリー化から取り残されている。
 そして、人の移動には点(施設)の整備だけでは不十分であり、出発地点から帰着地点に至る線のバリアフリー化が重要である。
 交通運輸の分野でのさまざまな政策研究と政策評価が、今後ますます重要になってくる。こうしたことから、本財団は(財)運輸政策研究機構に、1995年から研究調査・政策提言等シンクタンク機能の充実を図るため運輸政策研究所の設置を支援し、国民の交通利便の向上に貢献している。
 ※1 (財)交通アメニティ推進機構:同機構は1998年12月、運輸部門の地球環境問題等に関わる事業を加え、法人名称を「交通エコロジー・モビリティ財団」に改称された。
 
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阪急伊丹駅によるアメニティ施設
 
阪急伊丹駅周辺案内図
 
駅や公共施設で一目でわかる案内図記号を標準化(JIS規格化)した
車いすスロープ(上)
バス(下)



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