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(昭和60年度〜平成3年度)
第4節 国際社会におけるわが国の責任と役割の増大
6.チェルノブイリ原発事故医療協力 
1986年(昭和61年)4月、旧ソ連のチェルノブイリで原発事故が発生したが、被害者に対する効果的な対策もとられないまま年月が過ぎた。現地の医療体制はきわめて不十分で、かつタイミングを失したため、被災地住民は不安と恐怖の右かでの生活を余儀なくされた。
平成2年2月、本会は旧ソ連政府からチェルノブイリ事故に対する民間医療協力の要請を受け、放射能関連の医療専門家と相談の結果、これに積極的に応じることにした。チェルノブイリ原発事故対策は、ソ連のみならず世界共通の緊急課題であり、わが国は唯一の被爆国として原爆の人体への影響に関する豊富な調査データと治療経験を有することから、これを基礎に(財)笹川記念保健協力財団を通じ、医療協力を行うことになった。早速、2年8月、甚大な被害を受けたウクライナ・白ロシア両共和国に第1次調査団を派遣し、被害状況、国民の切実な要望、当面の緊急策等を調査し、9月には専門家からなる日本側実行委員会を設置して協力体制を整えた。その後、このプロジェクト推進のためモスクワにチェルノブイリ笹川委員会が設けられ、ロシア、ウクラ
イナ、ベラルーシの5医療センターにおいて5年間にわたり、子供を中心とした地域住民の直接検診により、原発事故の人体に及ぼす影響調査を行うという大規模な計画が策定された。
2年11月、笹川モスクワ事務所が開設され、この協力事業の推進体制が確立し、3年3月に本会が財笹川記念保健協力財団に支出した30億円を基金として、本格的な活動が開始された。その内容は、検診車の供与、基幹病院・研究所に対する医療機器の供与、医薬品・試薬の供与、専門家の研修および派遣、基幹センター合同セミナーの開催、原発事故治療に関する啓蒙活動など広範な分野に及んでいる。
現地においては、原発被害調査と医療協力に対する要望が当初予想していたよりはるかに強く、政情不安のなかでも協力事業は計画どおりにすすめられている。4年6月にこれまでの協力事業のフォローアップを含め、原発事故医療に関するフォーラムがベラルーシで開催された。
日本人医師による診療



供与された検診車

 
 
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