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(昭和60年度〜平成3年度)
第2節 量から質の時代へ
2.生活文化の多様化と国際化・情報化の進展への対応 ゲートボールの普及振興
「ゲートボール」と命名されたスポーツがわが国に誕生したのは昭和23年であった。28年にはスポーツ団体として組織化され、全国の高校、官公庁、会社等に徐々に普及してきたが、当時はスポーツを楽しむという経済的・時間的余裕もなく、大衆化されるには至らなかった。
その後、40年代半ばから高齢者に最適なスポーツとして普及しだし、健康増進や生き甲斐づくりにも効果を発揮しはじめた。50年代に入るとスポーツ・レジャーの発展とともに急速な普及を遂げ、全国各地にさまざまな競技団体が生まれ、50年代末の競技人口は120万人に達し、各地で競技大会が開催されるまでに成長した。
しかしながら当時においては、各競技団体間のルールなどに差異があり、プレーヤーの全国的な交流にも支障が生じていた。これらの問題を解決しゲートボールの一層の普及振興を図るためには、これら団体やルール等の統一が強く望まれた。同時に老若男女が等しく楽しめる国民的・大衆的なスポーツであるゲートボールをより一層発展させるため、すべてのゲートボール団体を結集して全国統一組織を設立しようとする機運が高まり、59年12月に(財)日本ゲートボール連合が結成された。
国民総体育・国民総健康・国民総幸福を実現する立場から、本会は(財)日本ゲートボール連合の活動を支援することとし、毎年開催される全日本ゲートボール選手権大会の開催、同大会に向けての地方組織の育成強化および地区大会の開催、審判員講習会・指導者講習会の実施、機械・器具の整備等に補助金を支出している。
60年2月には、すべてのゲートボーラーが一緒にプレーできるよう、全国共通の公式ルールが制定され、あわせて『競技規則』『競技規則細則・審判要領』が編集・発行された。
第1回全日本ゲートボール選手権大会は、全国統一の公式ルールによる初の全国大会として、60年11月21〜22日に35都道府県から104チーム737名が参加して、東京・駒沢オリンピック記念公園で開催された。同連合は競技運営、大会設営、イベントおよび広報等、大会運営に総力をあげて取り組み、大きな成果を収めた。
同連合はその後も、世界ゲートボール選手権大会を開催するとともに、全国選抜ゲートボール大会や三世代交流全国ゲートボール大会等を主催するなど、意欲的に競技人口の拡大に努めている。その結果、平成3年度末の競技人口は国内で600万人、海外を含めると1,600万人に及ぶ。
この間、審判員の資格制度を設け、1、2、3級のそれぞれに筆記試験と実技試験を全国各地で実施し、同連合登録の審判員数は平成3年度末で合計26万5,000人に達している。

ゲートボールで楽しむお年寄り


第6回全日本ゲートボール選手権大会始球式



第5回世界ゲートボール選手権大会前夜祭(韓国・ソウル)
 
 
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