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(昭和46年度〜54年度)
第4節 国際援助活動
1.関連諸機関の活動を支援 難民救済
第2次世界大戦後、人種、宗教、国籍、特定の社会的グループヘの所属、あるいは貧困、政治的な見解等の理由から母国を追われる難民が特に増大した。このため、難民を保護し、難民問題の永続的な解決の促進を目的として、1950年(昭和25年)の国連総会において国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が設置された。
その後、アジア、アフリカ、アラブの開発途上国を中心に、貧困や宗教、人種問題等に起因する難民が増加の一途をたどり、その数は1970年代後半には全世界で600万人にも達した。UNHCRは人道的見地からこれら難民を援助する重要性を全世界に訴え、本会に対しても協力援助の要請があった。
本会はその必要性を認め、まず昭和52年度に難民救援のための最初の資金をUNHCRに拠出した。これらの資金は在ザイールのアンゴラ難民(49万5,000人)をはじめ、在マレーシアのフィリピン難民(9万2,000人)、在アンゴラのザイール難民(22万人)、在モザンビークのジンバブエ難民(5万7,000人)、在ジブチのエチオピア難民(9,000人)の救援資金として活用された。
1978年からUNHCRはビルマ難民の救援に力を入れた。ビルマの政情不安等から同年に隣国のバングラデシュ・チタゴング地域に脱出したビルマ難民の数は20万人にも達したが、現地には適切な保護施設がなく、衛生状態が悪く、食糧や飲料水も不足し、多くの人々が赤痢やマラリアに苦しんだ。これら難民を救援するには、バングラデシュ政府の努力だけでは限界があった。国連は同国政府の要請に基づき各国政府や民間機関等に援助を求め、UNHCRをそのための本部として緊急プログラムを組み、人道的援助を行った。
これに呼応して、本会は昭和53年度から2年にわたりビルマ難民の救援資金をUNHCRに拠出した。これらの資金は、53年度には食糧品の調達、避難所の建設、衣服・毛布とその運搬車の確保等、54年度にはビルマに帰還する難民の再定住促進のために有効に用いられた。
難民救済物質を運ぶUNHCRの輸送団

 


バングラデシュ本国に帰還するビルマ難民
 
 
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