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(昭和26年〜37年度上半期)
第1節 モーターボート競走法の成立
3.(社)全国モーターボート競走会連合会の設立 
 このようにして制定されたモーターボート競走法に従って各地に競走会が設立されていったのであるが、当初の設立状況は必ずしも順調ではなかった。笹川良一は「モーターボート競走を行うのも運営するのも人間である以上、法律や規則だけで公正を確保し、円滑な運営を行うというのは無理である。ゆえに最も大切なのは“モーターボート競走を構成する人間”で、特に競技の実施団体である競走会はあらゆる面において立派な人材をもって構成しなければならない。モーターボート競走の早期開催を急ぐあまり、競走の目的を真に理解していない人々によって競走会が設立されたならば、将来に重大な禍根を残すことにもなりかねない」という考え方のもとに、幅広い人脈を生かして志を同じくする人々の意見をとりまとめ、公正に運営される競走会を設立していった。
 この努力が実って、競走会の設立もようやく軌道にのり、昭和26年秋には13競走会が設立許可された。13競走会は、同年10月9日、運輸省局長会議室において、(社)全国モーターボート競走会連合会(連合会)設立発起人総会を開催、同月18日には連合会設立許可の申請を行い、同年11月28日、その設立が許可され、初代会長に足立正が就任した。連合会は発足と同時に開催準備にとりかかり、27年4月6日、長崎県大村競走場において初開健を迎えることとなった。
 全国の関係者の注目のうちに開催されたこの大村レースは、わずか3日間ではあったが、予想以上に効果をあげるとともに、競走運営面での貴重な資料を提供し、モーターボート競走運営に関する真の基礎を確立するのに役立った。その後、モーターボート競走は、津、琵琶湖、狭山、尼崎と急速に拡大していった。そして連合会もその組織を拡充し、業務の繁忙に対処するとともに、30年5月11日には第2代会長に笹川良一が就任、今日に至っている。

笹川良一会長 (昭和31年)




大村競走場 (当時)
 
 
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