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(昭和26年〜37年度上半期)
第1節 モーターボート競走法の成立
1.戦後の公営競技 
 平成3年度のモーターボート競走は、過去最高の売上2兆2,137億円を記録し、公営競技全体の売上8兆9,389億円の25%を占めている。これだけの発展を遂げたモーターボート競走も、その草創期である戦後の混乱のなかでは、現在からは考えられないような厳しい状況におかれていた。
 昭和20年8月15日、第2次世界大戦は終わりを告げ、わが国は新しい時代を迎えることとなった。終戦とともに進駐した連合国軍は、民主化政策を推進するために行政の「地方分権政策」をすすめ、多くの業務が中央政府から地方自治体に委譲されたが、混乱した当時の経済秩序のなかにあって、資金不足に悩まされていた地方自治体は、この政策によってその財政赤字を一層拡大することになった。
 このような状況のなかにあって、戦前から唯一の企営競技であった競馬が21年10月再開された。暗い世相のなかに娯楽に飢えていた人々にとっては、格好の息抜きの場となり、多くの人を集めた。
 次いで23年8月、自転車産業の振興を図るとともに、窮乏した地方財政と疲弊した経済を健全化するために「自転車競技法」が公布された。これによって同年11月、初めての競輪が福岡県小倉市の市営競輪場において開催され、大成功を収めた。そのため他の地方自治体も競ってこれを採用、競輪は急速に全国に拡大していった。

初期のモーターボート競走 (大村競走場)
 
 
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